ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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忘れたい?
♪忘れてしまいたいことや………………、酒を飲むのでしょう♪
 -酒と泪と男と女-
 河島英五の歌だけれど、僕はショーケン(萩原健一)の唄う方が好きだった。今ではお騒がせのオジサン俳優としての方が知られているだろうけれど、元々ショーケンは歌手。あの頃の彼はとても輝いていた。

<忘れてしまいたいこと>。
 誰にもたくさんのそういうことがある。人間は忘却の生き物だけれど忘れないこともある。忘れたくないこともある。おぼえることは難しく、忘れることは簡単であるけれどそれでも忘れないことがある。ザッと自分の歩んできた道を振り返ってみると、そのほとんどは忘れてしまった日々。それでも忘れていない日がある。

 たしかに「そういう日があった」、と昔、歴史の時間に習った。渥美清が出ていた映画も観た。それでも、それが何月何日の出来事であったか、どういう季節であったかすらもおぼえていなかった。いや、まったく知らなかった。興味がなかった。
 アメリカで迎えた最初の冬。ニューズスタンドの前で目の端に映る文字が気になる。一瞬だけ足が凍ってしまう。その新聞の第一面には“Pearl Harbor”の大きな文字が刷り込まれていた。12月7日の朝だった。この日はアメリカ人にとって<忘れてはならない日>。二十世紀の出来事としても、建国二百年余の歴史の中でもとても重要な日として位置づけされている。そして今年もこの日がやってきた。
 それは日本での原爆投下の日(8月6日、9日)と同様にこれからも末永く語り継がれていくのだろう。
 日本人の多くは真珠湾攻撃の日を知らないだろう。そしてアメリカ人の多くは原爆投下の日を知らないだろう。一方の<忘れてはならない日>は他方の<忘れてしまいたい日>になるらしい。

 ほとんどの忘れてしまった日々の中に
<忘れてはならない日>
<忘れてしまいたい日>
<忘れられない日>
<忘れたくない日>
<忘れて欲しい日>
<忘れさせてくれない日>
 ……。いくつものそんな日がある。

 僕達は自分の都合のいいことはおぼえていても、都合の悪いことは忘れがちだ。だからこそこんな<忘れ……日>というのが出てくるのかもしれない。忘れない。思い出す。その歴史を振り返る。そんなことで終わるのではなくて、そこからなにが生まれてくるか。なにを生み出す事が出来るのか。そういうことのためにこういった日が存在しているのだということを自分の中で確認していきたい。つらかった日、悲しくて泣いた日、楽しくて大酒を飲んで走りまわった日。ただその瞬間を振り返るだけではなく、そこから歩み出す。そして今どういう風にその日を迎えているのか?昔話をするためにだけその日があるわけじゃない。

 最初はいやで、いやでたまらなかった12月7日。“Remember Pearl Harbor”の文字。
 今ではそんなもの達も少しだけ僕の中では変わりつつある。
 一年の中で自分を、まわりを見つめることのできる日はそうそうない。この日はいつの間にか<忘れさせてくれない日>から<忘れない日>に変わりつつあるようだ。障害が少しだけ自分の中で前向きに考える機会となった。忘却の生き物を一歩進ませてくれたように思う。それはそんなに悪い事ではないはずだ。
 さて次はどんな日に変わっていくのだろう?

 いつの日か9月11日もこんな日になって欲しい。

 そして明日は12月8日。
 僕にとって<忘れられない日>がやってくる。<忘れない日>と<忘れられない日>が毎年隣り合わせ出やってくる。
 1980年12月8日。ジョン・レノンが自宅であるダコタ・アパートの前で凶弾に倒れた。
 それは今でも僕の中で<忘れられない日>のままであり続けている。まだまだ消化・昇華しきれずにいる。でもジョン、あとちょっと待って欲しい。きっとこの日も<忘れない日>に変わるから。それが僕の彼に対する恩返し。

 あれから二十五年という月日が流れた。
 明日は久しぶりにダコタ・アパートへ行ってみよう。
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by seikiny1 | 2005-12-08 17:26 | 日ごろのこと
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