ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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時代をこえたスタンダード
 久しぶりに薄口しょうゆを使っておでんを作った。勘が鈍ってしまったのか、目分量で入れた薄口の量が多すぎたらしくしょっぱい。さて、……。
 結局、ダシで薄めたのだけれどおでんに使ったものを合わせるとかなりの量が残ってしまった。流しの下に首を突っ込んでゴソゴソと。それでもない……。たしかにどこかにあるはずなんだけれど、ない。いつも探し物をしている。ロウトがない。いさぎよくあきらめて鍋からまず注ぎ口付きの計量カップへ移し、それをペットボトルに入れた。

 小さな頃、オツカイによくやられた。買物かごを持たされて。たまに空の一升瓶を持たされて。食料品を売る店や、酒屋ではおじさんが一升瓶にロウトを差し込み大きな樽からひしゃくで醤油やお酒を入れてくれた。買い物かごが復活しつつある。さて、計り売りは復活するのだろうか?
 たとえ復活しても今のご時世では子供がオツカイに行く姿は復活しそうもない。
 そんな時代がまた来ればいいのだけれど。 オツカイの中からいろんなことを学んだように思う。

 ロウト。
 それは便利な物。入り口を広げてくれ、無駄なく、簡単に入れることができる。それは単なる通過点に過ぎないけれど大切なもの。それなのにあまりに身近にありすぎるためか、そのありがたさを忘れてしまう。存在感がそれほどない。まず自己主張をしていない。探している時に見つからない。失った時にわかるそのありがたさ。
 いろいろな物が生まれ、消えていく中でこれほど形状が変わらず、どこででも見ることができ、高価でもなく、「あったら便利だな」と時に思い出されそして忘れられていく物も多くはないだろう。こういうものことを<時代をこえたスタンダード>と呼ぶのかもしれない。スタンダードであり、完成度が高いゆえに生活の一部として溶け込んでしまう。それ故にありがたがられることもあまりない。そのくせ不機嫌な顔をすることもない。実にひょうひょうとした存在。誰もが必要としているその存在。

 ロウト。
 その特徴は間口を広げる。それに尽きると思う。それ以上でもなく、以下でもなく。自分の分をわきまえ黙々と与えられた仕事をこなしてくれる。様々ないれものがあり、そこには壁があり、だからこそおおお入り口がある。入り口は多くの場合どうしても狭く小さい。それが入り口の持つ長所であり、短所でもある。そしてロウト。
 ロウトはいつの時代でも、あらゆる場面で求められる。だからなくならない。人々は入り口を広げてくれる事を望む。それでも入り口を広げる事ができない。だからロウトがいる。ロウトがそれまでは難しかった事を容易にしてくれる。
 それはニュースの解説であったり、様々なプロであったり、車であったり、飛行機であったり、コンピューターであったり。ロウトは形を変えて僕達の周りに現われ、そして消えていく。それらのロウトそのものにあまり目をむけることはないんだけれど。それがロウトたるゆえんだろう。
 政治家がなにを言っているのかわからず、セールスマンは笑いながらも色んな数字を並べ立てる。わからないことが多すぎる。もっともっとロウトがいる。
 うさんくさい人に限って難解な用語を多用したりする。それはロウトのように見えてロウトでない。本当のロウトの人はゴタクを並べる必要はない。完成品だから。できるだけその受け口を大きくしてくれる。ロウトを通すことによって量が増えたり、風味が増したりする事はない。あってはならない。その役目は一滴も無駄にすること、ただそれだけ。その仕事に徹する姿に感心してしまう。
 ただ、ロウトに甘えるだけではいけないのだろう。いくらロウトでも自分の穴より大きなものを瓶の中に入れることはできない。瓶の中にはいっていく自分はいつも柔軟である事を心がけていなければいけない。
 入り口があり、ロウトがあり、そして柔軟な自分がいること。
 それでやっと入り口を通る事ができる。自分がやるのは常に柔軟であること。そこにロウトがいれば。

 あらためて自分の周りを見渡してみてロウトを探してみる。
 ありそうだが、あそこまで完成度の高い物はなかなか見つけることができない。人のことはともかく、さて自分自身はロウトとなる事ができるのか?どんな小さなことでもいい。ロウトになる事ができればいいと思う。先細りではない。そこはもともと狭い。存在感なく、希釈することなく間口を広げることに徹する。

 薄暗い食料品店の中でロウトに吸い込まれていく醤油の渦を眺めていた小さな頃の自分の姿を思い出していた。

 いつの時代にも変わらぬもの。それはいつの時代にも人がそれを求めているからなのだろう。
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by seikiny1 | 2005-12-07 16:59 | 思うこと
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