ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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いれもの<1>
 おすしが食べたくなった。作って食べた。

 スティーヴという男がいる。
 この三年ほど、よく顔をあわせるホームレス。駅へ向かう道筋にいつも座っている。道行く人に物乞いをするわけでもなく、ただ座っているだけ。夏には日陰を追って、冬にはビルの壁に張付いて。そこを歩けば彼がいる。
 なにがきっかけで、いつの頃からしゃべりだすようになったかはおぼえていない。別に彼がホームレスだから、かつて僕がそこに生きていたからじゃない。なにかがある。とにかく彼はおしゃべりが好きだ。ほかの人と話しこんでいる姿もよく見かける。さて、彼らはなぜスティーヴと話しているのだろう?なにを話しているのだろう?

 一年以上前のことになる。帰宅途中に彼と話し込んでしまい一緒に飯を食った事がある。とは言っても僕は食事を済ませた後だったので、ビールを飲んでいただけだけれど。近所の(日本人経営でない)Japanese Restaurantへ行った。「ウマイ、ウマイ」と言いながら彼は器用に箸をあやつる。以前にも彼はおすしやラーメンを食べた事があると言っていた。
 とりあえず、食事の席を共にしたのはそれ一度きりだけれど僕の中ではいつも気になる存在であり続けている。昔も今も、たとえ他の誰かとのおしゃべりに講じている時でも目があえば“Sushi!”、 “Miso Soup!”、 “Moshi Moshi!”などと言いながら手をあげている。様々な言葉を話す人達がいるこの街。たとえなんの脈絡のない言葉でも、自分の国の言葉をしゃべってくれるのはうれしい。少なくとも僕にとっては。相手の気遣いが伝わってくるから。苦笑しながら僕も手を上げる。そんなヘンテコなやり取りが冷たい風の吹く冬の夜ですら僕を少しだけあたためてくれる。

 おすしのごはんが残った。スティーヴに差し入れすることにした。巻物にして、アルミニウム製のコンテナに詰めた。もちろん割り箸、しょうゆ、そしてたっぷりのワサビも忘れずに。
「たしか、どこかにあるはずなんだけどなー」
 その日も冷たい風が吹いていた。味噌汁か日本茶も持って行こうと思ったのだけれど、どこをさがしても使い捨てのカップが見あたらない。ガスレンジの上ではもうやかんが口から白い蒸気を吐きだしている。流しの下にも、戸棚の中にもない。五分ほど探してあきらめた。
 いつもの場所を通りかかった時、スティーヴはおしゃべりの真っ最中だった。
“Here‘s your sushi, Steve”
 黒い袋を差し出して僕は駅へと向かった。

 陽もとっくに落ちた頃、帰途についた。スティーヴはいつもの場所に座っていた。
「Sushiありがとうな。うまかったよ。ほら、まだ少し残してるんだ」、黒いビニール袋から取り出したアルミニウム製のコンテナを見せながら彼は言う。冷たい風に吹かれながら彼は笑っていた。

 くどいようだけれど、彼がホームレスだから、自分がそうであったから仲良くしているわけじゃない。もちろん彼の立場を含めて色々なやり取りや接し方はするけれども。自分の中ではスティーヴという人間と同じ高さで付き合っているつもりだ。
 ホームレスと言う暮らしに《住》という<いれもの>はない。《衣》という<いれもの>もそうたいしたものではない。その暮らしは中身だけとも言うことはできるだろう。<いれもの>じゃなく中身を選択した生き方、それも彼らのひとつの姿。少なくともそう「見よう」としている僕がここにいる。そう思うこと、それこそが<いれもの>のどうしようもない存在を認めているということの裏側である事はわかっているのだけれど。
「人を見かけで判断したくない」という姿勢は、「自分を見かけで判断しないでくれ」という叫びでもあえるはずだ。できるなら<いれもの>の必要性を認めたくない僕がそこにはいる。
 そして味噌汁を入れるコンテナはとうとう見つからなかった。
 それは味噌汁を入れるためではなく、僕の気持ちを入れる<いれもの>だったのかもしれない。僕の自己満足かもしれないけれど、入れたかった。でも、あの時<いれもの>はなかった。

 <いれもの>は過剰であったり、華美であったりする必要はないけれど、なければどうしようもない時だってある。
 これまでは目をそらしたり、ただ頭ごなしにきらったりしていた。これからは荷物にならない程度のいれものは身の周りのどこかに置いてみようとも思う。
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by seikiny1 | 2005-12-04 11:15 | 思うこと
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