ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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七面鳥とお雑煮と
 もうすぐサンクス・ギビング・デーがやってくる。毎年十一月の第四木曜日と制定されている。アメリカに住むほとんどの人がこの時期だけは確実に四連休の恩恵に浴することができる。他の祝日は決まった期日以外のものは月曜日とされている。それを木曜日、すなわち四連休、に制定しただけでこの日がアメリカ人にとってどれだけ大切なものであるかをうかがい知る事ができる。よく言われることだけれど、サンクス・ギビング・デーは日本のお正月にも似ている。
 それはFamily Reunionのための日でもある。
 学校や仕事で散り散りになってしまった家族たち。そんな家族のメンバーが前日の夜あたりから一人、また一人と家に帰ってくる。家の前で止まる車の音を気にしながら、ブザーの音に「ドキッ」としながら家族は待っている。これほど<待つ>事が楽しい日は一年でほかにはないだろう。そして全員が揃いturkey(七面鳥)を食べる。こういった構図も以前の日本と似ている。年末から家族が集まり出し、元旦には一家そろってお雑煮を食べる。世界のどこでも家族は大切なもの。
 turkeyの料理法にも各家庭によってやり方が違ったり、秘伝の味があったりするのだろう。日本のお雑煮のように。
 どうしても<我が家の味>、母が作ってくれた味が基本にありこだわってしまう。そして往々にしてそれ以外の味を認めようとしない。認めるけれど、認めたくない。そこにはそんなものが含まれている。家庭の味が、自分の思いが凝縮して昇華したものがturkeyでありお雑煮であるのかもしれない。特別なもの。

 僕の母の料理がうまかったのかどうかそれはわからない。しかし少なくとも、僕にとっては最高にうまかった。家庭の味とはそんなものだろう。自分の舌にあい、決して飽きることのないもの。昨年、約十年ぶりに味わった母の料理の味は昔と変わっていなかった。
 家庭の味は「うまい」とか「まずい」とか、そんな低い次元で語られるものではない。ましてや自称グルメの人や料理評論家と言う奇怪な職業の人がうんちくをたれたり、星をつけたりする料理のようなものでもない。そんな記事でたまに<おふくろの味>という言葉を目にすると「なんじゃこりゃ?」という言葉が出てきてしまう。そんな人達が玄関に入ることすら許されないのが家庭の味なのだろう。
 そもそも人の好みの上に成り立つ料理の味を数値化したりするのがそもそもの間違い。決してできることじゃない。<フェアな立場>からなんてのぞむべくもない。料理の大切な要素のひとつに愛・思いがあるのだから。どんなにまずくても自分で作った料理を「食えない!」と怒ったりすることはない。それは自分が好きだから。自分を許すことができるから。

 先週、植物園へ行った。紅葉がとてもきれいだった。そこではスズメ達がおいしそうに落ちた木の実をついばんでいた。彼らは本能でそれを食べ物であると知るんだろうか?それとも代々親が子に教えるのだろうか?それにしても都会の中にあって植物園のスズメはしあわせだ。自分で探さなければならないとはいえ、様々な木の実を食べる事ができる。
 それにひきかえ大部分の都会のスズメ達の主要食は<人間様>が与えるパンくず。公園のベンチに坐っているとスズメがオネダリにやってくる。彼らの頭の中では、エサとは探すものではなくオネダリするものになってきているのかもしれない。そのエサは白いパンくず。それらのスズメ達は木の実の味を知っているのだろうか?エサ探しを親の教えでしか知りえないとしたら彼らは数十代に渡ってパンくずしか知らないのかもしれない。同じ姿かたちをしていても、厳密に見れば植物園のスズメと公園のスズメはすでに別物となっているのかもしれない。
「オネダリをして白いパンくずをもらう」
 こんな情報がスズメ達のDNAにおりこまれているとしたら悲しい。それは木を伐り、なぜかパンくずを与えてしまった僕らの責任でもあるのだから。

 たとえ親が口に出して教えなくても、子供が意識して見ていなくても、親の姿は子供の脳裏に焼きつく。それはその一生を支配する情報と言えるかもしれない。だからこそいくつになっても我が家のお雑煮やturkeyがおいしい。
 撮影を遠慮すべき場所でデジカメを操っている親たち。子供たちは見ている。それは単にデジカメという問題ではない。姿かたちを換えて巨大になっていく。

 間違った情報は世を滅ぼしていくのかもしれない。
 おいしいいお雑煮やturkeyがいつまでも食べる事ができるように、やらなくてはならないことがある。
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by seikiny1 | 2005-11-14 04:34 | 日ごろのこと
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