ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30
お願い
当サイト・メインコンテンツ内にある全ての著作権は筆者に帰属いたします。無断転載及び流用は固くお断りいたします(トラックバックに関しましてはこの限りではありません)。
以前の記事
カテゴリ
タダのようでタダでない
久々の更新です。
不具合でしばらくインターネットにつなげませんでした。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 カレー屋のカウンターにのっている福神漬けとラッキョウ。
 そば屋のカウンターにのっている刻みネギと天かす。
 それらはタダのようでタダでない。
 料理を注文したその瞬間にその所有権のうちの数パーセントを手に入れることが出来る。
 牛丼屋の紅ショウガもそうだし、マックの砂糖、塩、胡椒、ナプキン、そしてケチャップだってそうだ。いや、オランダのマックで「ケチャップちょうだい」、と言ったらお金を取られたので全部が全部そうというわけでもないみたいだ。
 まぁ、一回、一回渡すのもわずらわしいし、個人によってそれらを使う量もまちまちなので自然とそういったシステムが生まれたのだろう。
 今のところ、それらを取るのはあくまでも個人の常識に頼っているところは不思議と共通している。

 さて一体どの程度までが許容量なのだろう?
 ちなみにほとんどのアメリカのファーストフード店では、客が砂糖などをただわしづかみにしてトレイにのせ、未使用分は紙くずや食べ残しとともにゴミ箱へ「ザーッ」と流し込む。心臓の小さい僕のような人間が、ゴミ箱の上のトレイ置き場の横にソッと未使用分を別にして置いておいても清掃の人が舌打ちしながら捨ててしまう。あぁ無残。
「一回誰かの手に触れたものは別の客に供しない」、と言われればそれまでだけれど、やはりその場面を見るとむなしさが残る。
 Yoshinoyaで牛丼を食べる際には<必ず>備え付けの直径五センチほどのコンテナに紅ショウガを詰めてお持ち帰りにする。僕にとって小さな犯罪であり、またゴホウビのようなものでもある。それはお好み焼きや焼きそばを作る際に使ったり、たまにはわびしい酒のつまみになったりもする。こんな僕でもコンテナ二つ分を一度に持ち帰る度胸は持ち合わせていない。
 僕の許容量はコンテナひとつ、といったところなのだろう。
 タダのようでタダでない物の所有にいつも頭を悩ませている。

 Wendy‘sには昔(今でも場所によってはそうかもしれないけれど)、塩、コショウ、ケチャップなどと一緒にChiliのトッピング用のクラッカーも置かれていた。はじめて入ったそこで先輩は「どや?アメリカでは飢え死になんかせーへんのやで」、と笑っていた。
 昔の同僚はBurger Kingの使用済みのカップを持って店内に入り、いきなりソーダマシーンの方へ歩いていった。しかし、お店の人に見つかってしまい裏口から平然と出て行った。僕もあそこでソーダを買った際にはまずソーダマシーンの前で「ゴクッ」と一杯。再び満タンにしてテーブルで飲む。食事を終えて外へ出る時に再び満タンにしていた。これが僕の許容量だった。色々なソーダをミックスして飲む楽しみもあそこで覚えた。あの店でラージソーダを頼む人が不思議でならない。これが僕の常識。

 人々の常識にゆだねられ、その善意に頼っているものは各自の常識に従って消費され、時には捨てられていく。お店側の常識の許容量≒予算はいかほどのものなのだろう?
 デパートの最上階にある食堂などでカレーを頼むと、仕切りのついた小さなガラス製容器に福神漬けとラッキョウがお行儀よく入ってテーブルの上に置かれる。食堂側の常識量とはあの程度なのだろう。さて、一体なにを根拠にあの量がはじき出されたのだろう?少なくとも僕にとってはいつも常識以下だった。あそこで「オカワリ」をすることは常識では認められているのだろうか?
 あぁ、常識はむずかしい。
 そして、昨年帰国したおり、そのデパートは無くなっていた。それを囲むように建っていた商店街は週末であるというのに殺伐としていた。僕の常識の中であのデパートと雑踏が消えてしまうということはそれまでなかった。しかしこれは常識ではなく事実。

 常識とは常にあるのではなく、常々変わり続ける意識を指すのかもしれない。いくつもの事実があってその上に常識が出来上がっていくのかもしれない。

 常識は好きで嫌いだ。しかし、この僕にも何が常識で、何が非常識であるかなんてまったくわからない。ただただ、良識だけは持ち続けていきたいと思う。
 破られた常識はそれ自体が常識となっていくこともあるが、良識は不変(であってほしい)。

 カレー屋のカウンターから福神漬けとラッキョウが消えないうちはまだまだこの世界も捨てたものではない。
[PR]
by seikiny1 | 2005-11-09 09:13 | 日ごろのこと
<< あ 天国が少しだけ近く、広くなっていく >>
記事ランキング 画像一覧