ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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 今週もまた白いビニール袋が投げ込まれていた。

 日本ほど新聞の宅配が多くないこの国。誰もが新聞を読んでいるわけでもない国。しかも新聞の折り込み広告も日本ほどは普及してはいない。だからこそ、この方法が普及したのかもしれない。しかも、都市およびその近郊部でしか見ることの出来ない光景かもしれない。
 午前中に窓から外を見ていたら、カートを押した男が各ビルの玄関脇についているベルの数を数え、その数だけ白い袋を放り込んでいく。袋の中身は、スーパー、デパート、薬局、家電ストアなどのチラシ。ほとんどのビルではゴミ箱に直行なのかもしれない。この宣伝方法の打率はどれくらいなのだろう?僕は、「意外と楽しみにしている人が多いのでは?」、と思うのだけれど。
 そこに住む人の目にとまる前に、管理人によってゴミ箱に放り込まれることも多いだろう。まるで録画機器によって自動的に飛ばされてしまうテレビのCMのようでもある。海外に住んでいると、日本のCMは(その)空気を吸うためにかなり大切な素・源なのだけれど。これもある人にとってはただのゴミでしかない。文明とは、いかに多量のゴミを出すか?現代は、そんなことで括られてしまうのかもしれない。

 <BUY 1 GET 1 FREE>
 この言葉をはじめて目にしたのは、二十年ほど前シカゴのスーパーマーケット(たしかJewelという名だったと思う)の店内だった。読んで字の如し
「ひとつを定価でお買い上げいただきましたら、同じものをひとつ進呈いたします」、というところだ。日本のスーパーで、半額セールなどにたまに行きあったことはあったけれど、こうしたセールにはお目にかかったことがなかった。そういった意味で新鮮だった。実質的には(当時では)半額セールなのだけれど、とにかく物を動かす事を念頭に置いた売り方。それを新鮮に感じたのかもしれない。
 誰もがそのPOPの前で足を止め、二個、四個、六個……、とにかく偶数個をショッピングカートに入れて次へと向かう。
 僕自身も、文字を額面どおり受け取って、二人暮しではそんな量は必要ではない、と思われる品物でも最初の頃は二個単位で買っていた。と、ある日それを二個取らずに清算したことがある。後でレシート確かめてみると<50%off>の文字。<BUY half GET half FREE>だった。半分を買えば、残りの半分がついてきていた。それからは半額セールをうまく利用する事が出来たと思う。
 しかし、あの頃は、たとえばキャベツの半分を買って、残り半分をつけてもらっていたことになる。一体どの半分を買っていたのだろう?上半分か?下半分か?それとも左半分か?はたまたまんなかの半分か?キャベツの芯まで同じ値段というのはおかしい気がする。これが、二個だったらそんな変な考えも起こらなかったことだろう。どうでもいいことなのだけれど、今でもそんなことを考えたりする。

 日本人らしい買い方をする僕。周りのアメリカ人がなぜかまぶしかった。そんなアメリカの売り方が、それを当然として買物をする人々が少しだけ輝いていた。(安い、お得という)感情のまま行動できる人たちが少しだけうらやましかった。人の言葉に素直に耳を傾ける事ができる人達。そして、そんな土壌にいる自分がうれしかった。
 
 読めもしないのに、電話帳のように厚く、重い新聞の日曜版を買うのが楽しみだった。それに挟み込まれたクーポンをきれいに切り抜き、整理した財布を持ってレジに並ぶおばぁちゃん。そんな光景を見るのも好きだった。ポストに入れるわけではなく(入れることも出来ない)、ただビルの敷地内に放り込んでいく、そんな配達の仕方が好きだった。


*まだ。目が本調子じゃないので続きは次回に書かせていただきます。
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by seikiny1 | 2005-10-06 07:47 | 日ごろのこと
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