ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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 最後にこんなに涙が出たのは、いつの事だっただろう?
 涙が止まらない。止めようと思っても止める事が出来ない。どうする事もできない。ただ、ただ、流れるのにまかせるだけ。一体どこからこれだけの涙が出てくるのだろう?流れる涙で、昨夜はほとんど眠る事ができなかった。それでも延々と流れ続ける。
 悲しいわけじゃない。寂しいわけでもない。おかしいわけでもなく、うれしい事がそんなにあるはずもない。それでも涙は止まらない。
 そういえば、ここ数日、なんだか目がかゆかったような気もする。あやふやな記憶。
 昨夜の食事の後涙が出始めた。そして止まらない。

 女の子の涙にはまいってしまう。どんな状況に置かれていても、涙を見せられると途方に暮れる。それを<真珠>と言う人もいるけれど、確かにあれはキレイでもある。美しいと思う。せつなくもある。
 美空ひばりさんは、カメラ目線で自由に涙を調節する事ができたと言う。

 涙、それだけを見ていると、その瞬間に「あ、泣いている」、という感情がわきあがってくる。まず、「泣いている」がくる。そうして、その次に「どうしたんだろう?」、という疑問が起こり、その涙の出所の感情を見つけようとする自分がいる。喜怒哀楽、涙と結び付けられるのは感情だけでないことに気付く。身体機能としての涙もまたあるんだ。
 一日中泣き続ける僕を見て、人は一瞬、なにを考えるんだろう?やはり最初に思うのは「どうして?」、そしてその感情の出所を見つけようとしているのだろうか?感情で泣いているわけではないのだけれど。とにかく結論を見つけ、安堵して歩き出す。

 その出口、今ある姿、実に頼りない要素。自分で想像できる範囲で決め込もうとしてしまう。自分の中の極めて少ない材料で物事を判断しようとする僕がいる。「いけない、いけない」、と思いながらも判断をしてしまう。判断をする必要なんてないのに。僕は判断を下すことができるような人間ではないのに。それでも誰もが結論を導き出そうとする。

 アパートの玄関のドアを出ると、珍しく前の路地が渋滞していた。黒いセダンに目がひきつけられる。覆面パトカーだ。八十パーセント確信を持って階段を下りる。通り過ぎながら窓から中をうかがうと、それは九十九パーセントに上がる。中の二人はどう見ても私服警官にしか見えない。「お前なにやってんだ?」、その目が威嚇してくる。多分当たっているだろうが、数秒の間に様々な出口の情報を処理してこれだけのことを考えている。
 実際のその人の目は、退屈で外を眺めていただけかもしれない。
 そんな小さな判断が積もり積もって、どこかへ行ってしまう。出口だけを、表面だけを見る目。そして涙が止まらないこの目。泣いているわけじゃない、涙が止まらないだけだ。それでも人の目には泣いているように映ってしまう。どうでもいいのだけれど。

 判断はとても危険な要素を含んでいる。もちろん強引に、そこへ導いていく事もできる。その効果を狙って、出口を処理する事ができる人もいる。出口だけではなく、そこからもっと、もっと中へ入っていこう。

 それでも僕は、人々の目からあふれる涙、その美しさを信じたい。
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by seikiny1 | 2005-10-02 07:38 | 日ごろのこと
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