ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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ヘレン
「何で女の名前が書いてある部屋に入らなきゃいけないんだ?」、といつも思いつつもドイツでは<Herren>と書いてある部屋に入っていっていた。どんなに酔っ払っていてもそれだけはいつも確認してたし、している。ちょっと変わった日本レストランなどでは、兜や芸者さんの絵が描いてあったりして、一瞬だけ「どっちだ?」、と戸惑うこともある。それでも、これまでに間違えた事はあまりないように思う。
 それでも、相手が間違えたらお手上げだ。
 たしかに僕も悪かった。飲んでいたせいもあり、ノックをしなかった。
 こんな場合、和式だったらどういうリアクションをするのだろう?
 そんな事が頭をよぎって行った。和式の場合だったら開けた側の気まずさの方が格段に上だろう。相手はケツを向けていて、ドアの閉まるのを待てばらそれで済むのだから。でも、洋式の場合はそうもいかない。向き合わなければいけない。相手が外国人の場合だとだいたい、
 ちょっと気まずそうな顔をしながら“Excuse me.”または“Oops!”
 やけに明るい笑顔を浮かべながら“Hi!”
 時には、お互いを罵倒しあう。
 日本人の場合はどうなんだろう?

 お互いに目があったまま、僕はしばしドアを閉めることを忘れていた。無言だった。そしてほぼ同時に「ゴメンナサイッ!」。ドアを閉めた後も数秒間その前で最敬礼をしていた。
 ここはニューヨークにある、とある日系の飲食店の男性用トイレのドアの前。
 その時、一年弱前にも同じような場面に自分がいたことを思い出す。あれは高円寺にある福岡の人が経営するタイ・レストランだった。友達のライブの打ち上げをやっていた深夜だった。あの時もやはり、「ゴメンナサイ」とお互いに謝りあっていたように思う。たしかに、お互いに頭を下げあっていた。
 和式のトイレでは、まず取り合うことが出来ないコミュニケーション。
 とりあえず謝れば事が済むからそうするのではないと思う。もっと、もっと深いところから二人の言葉は出ていたのだと思う。そんな日本人に生まれてきた事が嬉しい。ただ、自分を一方的に通すだけでなく、決して通り一遍等の儀礼的なものでもなく、そこにはお互いの心の交流があったような気がした。自分に、そして相手に。ただ単に押し合うだけではく、かと言って引きあっているだけでもない。そんなところに何の根拠もないけれど日本人的なものを感じてしまった。
 とりあえずあやまるんじゃない。ただ場を円く治めるために打算的に出る言葉でもない。心のどこかに誰もが「ごめんなさい」、そして「ありがとう」を持っている。そして、その表現のしかた。

「ゴメンナサイ」という気持ちを二人で共有する事が出来た。そんなことがとてもうれしかった。

 そう差し迫ったものでもなかったので、席に戻りまたビールを飲む。誰かが歩いて来て背後で止まった。
「さっきはごめんなさい」
 明るい笑顔でそう言ってくれた。
 自分の席に戻り、下を向いて小さくなってしまうわけでもなく、大笑いしてぶっ飛ばすわけでもない。
 少し照れくさそうに、笑いながら「ごめんなさい」、と言いに来てくれた彼女に少しビックリし、そして頭が下がる。
 日本人はそうそう悪い方向に変化を続けているだけではないようだ。

 酔っ払っても絶対にドアのサインは確かめる。しかし、ノックをしなかった僕も悪い。
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by seikiny1 | 2005-09-22 15:29 | 日ごろのこと
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