ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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さて、なにを喰おうかな?
 また新しい雑誌が手に入った。一番興味があり、そして嫌いな記事をまたまた読んでしまう。

 人間の三欲のひとつである<食>に関する記事。いつの時代にも、そして多くの人にとって最も興味のある記事のひとつだろう。お天気ほどではないけれど、政治や宗教とは違い無難に人との会話のネタにする事も出来る。
 ちゃんとした評論家(さて、何をもって<ちゃんとした>と言うのか、これまた難しいけれど)の書いた記事はさておき、ここでは<レストラン評>と言われるコーナー。俗に記事広告と呼ばれるもの。
 評論であるとか、批評であるとかではなくそれ以前の問題で、内容はすべてがほめ言葉。「ウマイ、ウマイ」の連発。はっきり言えばただのヨイショ記事。得られるものは店の情報程度で、失うものは大きい。読後感が悪い。気分が悪くなってくる。

<バーター>という言葉を知っていますか?
 簡単に言えば物々交換。つまりその取引では金銭の授受は発生せず、そこで生じた金銭価値を、別の方法に換算し支払うということ。レストランの記事広告の場合はバーター取引が多く、そこでは代換金銭として食べ物が供される事が多いらしい。商取引の結果がほとんど社会に還元されないことになる。それはほとんどの場合、関係者の胃袋で終点を迎える。
 記事とはいっても、これは記事の形をれっきとした広告である事を知っておかなければ「ウマイ、ウマイ」(ヨイショ、ヨイショ)に踊らされてしまう。広告である限り、悪い事を書くはずもなく、書けるはずもなく、そのヨイショ加減が気味悪い。商取引の向こう側に人間の三欲の中でも一番いさぎよくありたいものが見え隠れするので、それが食に関するものであるにもかかわらず吐き気がしてくる。
 そうは言うものの、僕自身だってそういったバーターの末席を汚したことが何度かある。しかし、僕程度の神経では到底料理を楽しむ事は出来なかった。なにやら後ろめたい事をしているようで、味どころではなかった。お店の人の視線すら、なんだかイヤシイものを見るように感じられ背中に突き立ってくる。ああいった場面で、食事が楽しめる、ということだけでもある意味頭が下がるのだけれど。

 そんなバーター記事を載せる方も、載せてもらう方も問題があるのだけれど、これは商取引なのだからとやかく言うことではないのだろう。ただ、その背後にある風景が見えてこないように努力してもらう事を願うだけ。
 バーター記事の向こう側に見えてくる餓鬼然とした風景。そこにある欲の世界を考えると気分が悪くなってしまうということ。少なくとも僕の場合は。

 食べ物ほど、その嗜好が別れるものも少ないかもしれない。誰かにとっての絶品が、別の誰かにはゴミ同然。東京人にはOKでも、大阪人からはダメだしが来る。その逆ももちろんある。
 そんな厄介なもの、頼まれたってやりたくはない。そこまで卑しくなれる度胸がないといったほうが正解に近いかもしれない。そもそも、人を、何かを論じるような器ではないと思うし。僕に出来るのは「これはうまい」、「これは好きだ」。その程度。

 紙の、モニターの裏側に見え隠れする胃袋達。そこから脳に送られる信号を頂点とした欲望。
 そろそろレストラン評のバーター記事をやめて欲しい。そう願いつつも、そのページで指を止めてしまう自分の情けなさ。そしていつも胸くそが悪くなる。
 だからやめて欲しいんだ。
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by seikiny1 | 2005-09-18 07:42 | 思うこと
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