ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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麻痺
 酒を飲みながらの夕食。そしてそうでないもの。それは当然違ったものとなってくるのだけれど、僕の場合はまったくの別物となる。だから酒の席と、食事の間に明確な線を引く事はそう難しいことではない。
 <食事>というものを摂る際、味噌汁やスープを別にすると水分を取ることができない。身体が欲しない。
 それは小さな頃からに習慣だった。食事の途中で水や、お茶を飲む事を禁じられていた。今、親はそばにはいないけれど相変わらず食事の途中で水分をとることはない。<三つ子の魂百まで>、とはよく言ったものだ。
 そのかわり食事を終えた後にグッと一息に飲み干す水や、お茶は何ものにも換えがたい。なんと美味しいことだろう。

<坐れば当然出てくる>と思っていたものが出て来ない。これは衝撃だった。そして、アメリカを、日本を「なんとありがたい国だ」、と何度思ったことか。ヨーロッパでは、ほとんどの場合「水は買うもの」、と相場が決まっているようだ。それは<限りあるもの>の裏返しでもあるのだろう。そういったところに、危機感が脈々と生きている。水がタダ、であるのは世界の中でもごく一部のようだ。
 ヨーロッパで外食をする場合は、食後すぐに店を出てペットボトルに詰めた水道の水(どこの国でもお腹は壊さなかった)か、スーパーで買ったぬるいビールを飲むことにしていた。やはり<たかが水>に最低一ユーロ払う器量は持ち合わせていないようで。それならばコーヒーを飲みたい。
 そしてニューヨーク。坐るとメニューより先にピッチャーからふんだんに水を注いでくれる。マクドナルドですら頼めば水をくれる。あふれる水の生活に戻った。
 身の周りにあって当然なもの、それゆえに気付かない(忘れている)もの。そんなものを見つけるためだけにでも旅に出る価値は十分にある。

 ニューヨークの水道水は美味い。昔からそんな伝説があった。それでもここ十数年、ボトル入り飲料水の需要は伸び続けているようだ。キーワードは<健康>。そこにもうひとつのキーワード<エコ>を見ることはない。僕の感触では、その売り上げは他の飲料水を圧倒して断突で一位だと思う。リサイクルのゴミ出しの日に街を歩けばその数のなんと多いことか。ニューヨーク州をはじめ、ほとんどの州でペットボトル入り飲料水のデポジット制はない。それは=ゴミということになる。作りっぱなし、垂れ流し。リサイクルの日に出されるゴミはほんの一部。需要と供給そして必要性がまったくバランスしていない。
 ペットボトル入り飲料水のデポジット制、これはそろそろ解決しておかなければならないう事だろう。不思議なもので、悲しい事で、そこにお金が発生する事で人間はまったく変わってしまう。<もの>に対する麻痺感を回復させる為には、もうそういう方法しかないのかもしれない。

 ありがたみのない時代。そんな時代だからこそ、自分の思うまっとうな道を歩いていきたい。
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by seikiny1 | 2005-08-24 10:53 | 思うこと
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