ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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ニューヨーク
 【自覚】
 手元にある辞書を引いてみると、
 自分自身についてはっきりと知ること。
 ①自分の状態・地位・任務・価値がどんなものかを、よくわきまえること。そのわきまえ。
 ②自分で感じ取ること。
 ③〔仏〕自分が主体となって迷いを断ち、正しい道をさとること。
  とある。
 辞書を引く前に僕が思っていたことは、
 病気などで言う自覚症状。鼻水が止まらない、などといった自分でわかっいている不具合が意識できる状況。
 それとは別に、意識はしていなくとも、既にそこに備わっている自覚というものもあるように思う。時として、外からの力によって気付かされる。
 日本人としてニューヨークに暮らす。
 このふたつの条件を常に意識しているわけではないけれど、折にふれ<自分が日本人であること>、<ニューヨークに暮らしていること>を気付かされる。
 自覚とは緊張感と表裏一体なのかもしれない。

 やはり気にかかるのは、最近の中国や韓国の日本に対する動き(それは国家だけではなく、個人をはじめとする<人>にまで向けられているように思うのだけれど)。日本からもらうe-mailには「ニューヨークは大丈夫?」、といった内容の文が添えられていることが多い。少なくとも今の時点ではこれといった問題はない。

 この街の魅力、そしてそれを作り上げている要素のひとつに緊張感というものがある。別に常にピリピリとしているわけではない。たまに頭の上にのっけたお皿を意識してしまう、そんな心地よい緊張感。ハッ、と精神が引きしまる瞬間はほかの都市よりはまだまだ多いはずだ。
 それは<危険と同居している>、といったわけではないのだけれど、電車で隣に座っている男がいきなり拳銃を引き出し僕の頭に銃口をあてても何の不思議もない。そんなことを納得させる空気が流れている。ゆるんだ空気の中にさえ張りつめたものを見つけることが出来る。ここは、そんな緊張感の上で常にバランスを取り続けている、まるでやじろべえのような街。支えているのは、なんともたよりないまるで針のような支点。
 月並みな言葉に「ニューヨークはアメリカではない」、といったものがある。それだけ様々な国から来た人や、文化的背景を持つ人々が<共存>している。それぞれが、自制とけん制を行いながら。主張と妥協を繰り返しながら。それぞれが、何とか理解しようと泣いたり笑ったり。そんな中から道を見つけていく、生きていく正直な姿がここにはある。
 こういったバランスのとり方が、現代の国際社会の理想なのかもしれないと思う。
 人間という事意外に何の共通項も持たぬ者同士が、ののしりあい、主張をし、そんな中から何かを見つけていく街。見つけることができる街。強烈な欲望と安堵のための衝突の街。
 ここにいる者達が-国を捨ててきた者達ばかり-と言われてしまえばみもふたもないけれど、人間は誰もが弱い。決して一人では生きていくことはできない。たとえ横にいる者が悪とわかっていても、足並みをそろえなければならない時もある。弱い者が自分の弱さを認め、それが許される街。弱い者の心がわかるような気にさせてくれる街。

 この街で民族や宗教間の大衝突が起こり、それを収拾しきれなくなってしまった時、それは世界の終わりかもしれない。

 十年以上前のことだけれど、黒人と朝鮮半島出身の人々の間に短期間にいくつかの小さな衝突が繰り返された。ちょうどロスで黒人の暴動(この暴動という言葉で表現されきってしまうことにも、いまだに疑問が残っている)があった頃の前後であったように思う。この時も、それはある程度の規模以上になることはなく次第に沈静していった。

 中国人の友達が言った。
 “I love my country, but I don’t like my government. And I LOVE NEW YORK!”
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by seikiny1 | 2005-04-24 13:05 | ニューヨーク
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