ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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 赤信号で停車している車の後姿。最近それを目にするたびに頭の中に「???……」が広がっていた。いつも目にする車たちとは何かが違う、そんな気がしていた。
 春の陽射しが立ち込める午後の交差点付近に腰をおろし、ぼんやりとしている時にやっとその答が出た。単純な、当たり前のことだった。誰もがお猿さんのように尻を赤くしている。交差点の赤信号では皆がブレーキを踏んでいる。それを後ろ側から見ると昼間でも赤いライトが点々と広がり、不思議な統一感があるのだった。マンハッタンの一方通行の交差点を後ろから眺めているとこんな光景にぶつかる。圧倒的な黄色(イエローキャブ)、そして赤色。僕の中の都会の一光景となっていた。

 一体いつの頃からブレーキランプは赤色になったのだろう?それは後続車の注意を喚起するために導入されたのだから、最初から赤色をしていたのかもしれない。警告(危険の告知)による安心、安全。
 一体いつの頃から注意、警告など人間の注目を集めるために赤色が用いられるようになったのだろう?それが導入された当初にはもちろん科学的根拠などはなく、ただ単に目立つ「赤」にしただけなのだろう。火、血の色の赤、危険を表わす赤。共産主義が赤旗を革命旗に用いたのも色に対する人間の心理効果を狙ったものなのだろうか?
 人は(色盲といったハンディーキャップを背負っている人もいるけれど)色に左右されることが多い。闇夜の黒を見て人は怯え、白色に平和を見る。兵隊の戦闘服であるオリーブ・グリーン-昔の日本風にいえば国防色-を見れば戦争のことを考え、素晴らしい未来のことを七色と表現する。潔白な人を白と呼び、その反対は黒で、怪しいあやふやな人物を灰色と言う。肉体労働者の色はブルーで頭脳労働者はホワイト。床屋と国旗にはトリコロールが多い。そしてこの季節、緑色を見て心が安らぐ。
 色の支配、それはある特性を誰かが色で表現し、それが本来自身内に持っているものと同調し急速に広がる。色を操っているつもりが実は踊らされている、といった場面もよくあることだ。
 どうしようもないのだろうか?目から入ってくる情報の中で色ほど強力かつ明快でスピードを併せ持つものはない。そう、「差別なんかない」、ときれい事を並べてみても実際に目に入ってくるのはまず色であるのかもしれない。色より大切なものはその後から少しずつはいってくる。さしずめ昔の人であれば「あいつはアカだ」、と言われることを恐れ、それを聞いた人はその人に対するイメージがそこで固まってしまっていたことだろう。
 そしてその人間の特性を利用する人もまたいるのだろう。広告やPRなどはその最先端を行っているはずだ。テレビやコンピューターの普及もカラー化以降だと思う。カラー化が進む新聞記事も、コンピューターでその画像の色調を変えるだけでまったく別のインパクトを与えることが出来るかもしれない。そういった目で見てみると、様々な国の新聞が存在するこのニューヨークでひときわ目を引くのが中国紙である。そのカラーページの多さでは多分ニューヨークでは他に類を見ることは出来ないだろう。このカラー化は何に因を発しているのだろう?

 時として意識の前に色に左右されてしまう自分を見つけることがある。それは弱点でもあるので自己嫌悪に陥ってしまうこともある。しかし悪いことばかりではないはず。警告の赤はその先の安心にもつながり、戦争の色の後にはいつか白色がくる。悪人は闇の中へ行き、肉体を使った後に飲むビールほどうまいものはない。大切なのは自分の中の色彩感覚をどう制御していくか?そんな事に向き合っていく。
 網膜にカラー映像が映る人間に生まれてよかったと思う。
 古い白黒の映画や写真が心をくすぐるのは、そこに非日常を見ているからなのかも知れない。

 色に左右されずに色を楽しむ。



私事ですが明日(12日)誕生日を迎えます。どんな色の日になることやら。
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by seikiny1 | 2005-04-12 09:16 | 思うこと
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