ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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雨そして春
 昨夜は焼き鳥屋の帰りに雨にあってしまい、ずぶ濡れになった。ニューヨークにも威勢のいい焼き鳥屋はある。
 雨が好きなのか、嫌いなのか自分でもよくわからない。見ている分にはいいけれど、打たれるとやはりしんどいかな。一週間ほど前、ある人から贈ってもらったCDでthe MODSという日本の古いバンドの『激しい雨が』、という曲を聴いていたら翌日は大雨になってしまった。その雨に打たれながら、カッパと雨傘の事なんかを考えていた。その話はまた別の機会にでも書くとしよう。

 今朝出かける時、なぜか通りを斜めに横切っている自分に気付く。この約二年の間そんなことはほとんどなかったのに。いつも律儀に信号のところまで行き、信号の色に関わらず車が来ていなければわたる、という日常のはずだった。一体何を焦り、何に追われて自分をせかしているのだろう?
 通りを渡りきったところで、白色と黄色の水仙、そして黄色に赤色が混じったチューリップの花が花びらにたたえたいくつもの水滴をといっしょに笑顔をたたえていてくれた。迫りくる時間を忘れ、しばし立ち止まり見とれてしまった。「雨が降ってくれてよかったね」、と微笑をかえした。
 一雨ごとに確実に春が歩み寄ってきてくれている。雨に打たれればやはり心のどこかでつらくなることもある。しかし、それは花のため、大地のため、そして僕らのために降ってくれていると思うと嬉しい雨に変わる。
 花壇の前で思わず空を見上げてしまった。どうやらバッグに放り込んできた傘が花を咲かせることはなさそうだ。街には傘の花ではなく、少しずつ香りを楽しむことが出来る花が開き出す。
 思わぬ、道草で時間を取ってしまったので地下鉄のホームに降り立った時は電車がちょうど発車するところだった。しかし、あの雨は、あの花たちはそれ以上に気持ちのいい朝を僕にくれた。何だか少し得をした気分になる。
 花壇の前でどれくらい立ち止まっていたのだろう?
 花たちが笑いかけてくれ、言葉を交わした時間。

 地下鉄を降りると改札機の近くで「チュンチュン」と、しきりにスズメが鳴いている。鳴き声のする梁の上の方に目をやってみるが見つけられない。そこにいるはずなのに。昨夜の雨を避けてここまでもぐりこんできたのだろうか。ここにいては外の天気もわからないだろう。
 「オーイ、出ておいでよ。外はいい天気だよ」
 四角く切り取られた地下鉄駅の出口からはまぶしい光が射し込んでくる。その脇の植え込みからは、ここ数日いつも聞くことの出来るようになったスズメの大合唱が湧き起こっていた。春の到来を喜ぶかのように。
 階段をのぼりきると、ヨチヨチ歩きの子供が母親に手を引かれながら笑っていた。

 昨夜、焼き鳥屋を出た直後に見上げた空の片隅に、たったの一本だけもうつぼみをやわらかくしている気の早い桜がいた。
 萌えあがるような緑の匂いに包まれるまであと少しだ。
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by seikiny1 | 2005-04-09 12:46 | 日ごろのこと
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