ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30
お願い
当サイト・メインコンテンツ内にある全ての著作権は筆者に帰属いたします。無断転載及び流用は固くお断りいたします(トラックバックに関しましてはこの限りではありません)。
以前の記事
カテゴリ
i-podで失くすもの?
 小学校の時、担任の先生が矢立という道具を見せてくれた。日本の筆記用具の主流が毛筆であった頃に使われていたらしい。巨大なマッチ棒のような形状をしており、軸の部分に筆、先の方の丸い部分に墨壷がはいっていた。テレビで水戸黄門などを見ているとたまに出てくる。
 「サラサラサラ……」
 昔の人が背筋をピンと伸ばし手紙を書くシーンにあこがれる。
 右手には筆、左手には巻かれた紙が持たれている。ほとんどの場合、机ではなく紙の芯となる部分を支えにして筆を運んでいる。昔は、こうやって手紙を書いていたのだろう。    いつの頃から便せんが使われるようになったのだろう?その当時、それはきっと革命的な事であったに違いない。苦労して長い紙を漉く必要もなく、書く方も必要な分だけの紙があればよい。失敗をしたらそのページを書き直せばそれですむ。しかし便箋に移行した後、「???」、何か物足りないものを感じていた人もいたことだろう。
 デジタル化ほど人間の生活に直接の影響を与えたものはそうはないはずだ。

 昔から音楽が大好きで、新しもの好きであった僕はCDが出た直後にとびついた。DATもMDもそうだった。今、街でよく目にするようになった白いイヤホンはやはり気にかかる。自分の意思で音楽をそう聴かなくなった今でもやはりi-podは気になる存在だ。デジタルで気軽に聴くことの出来る音楽。一昔前のアナログレコードとはその接し方がまったく変わってしまったようだ。今ではあの小さな身体にCDで数百枚もの曲が入るらしい。昔だったらジュークボックスを背負って歩いているようなボリュームだ。
 今度のこの革命、利便さと引き換えに何をなくすのだろう?
 アナログレコードで育った僕には<シャッフル機能>というデジタル音響機器の一つの特徴が少し寂しかった。ひとつのテーマ、流れを持って作られるアルバムがズタズタにされてしまうような気がして。ローリング・ストーンズのレット・イット・ブリードの曲が終わる頃、頭の中では次の曲であるミッドナイト・ランブラーのイントロが既に流れ出すこの頭。こんな回路を持つ人もかなり減ってしまい、もっと減り続けて行くのだろうか?

 技術がどんどん発達し、サンプリングやビット数が増えようともCDから流れ出てくる音はライヴで聴くギターの音とは違ったもの。限りなくそれに近くなることは可能だろうけれど、決して同じものになることはない。常に<のようなもの>。本物ではない。僕達はまやかしを聴いているだけ。
 それは鉄道のレールが近くで見れば直線であるのに、離れて全体像を見てみると曲線を描いているのと同じこと。滑らかに聞こえる音にも実際は角が立っている。そこがきっとデジタルの限界だろう。利便性と手軽さとの引き換えに、本物を失ってしまう。

 「今の若いヤツラは……」、というフレーズと同様に「最近の世の中は少しおかしいぞ」、といったことも昔から言われてきているのかもしれない。
 母親が胎教で素晴らしい音楽を聴かせてくれ、生まれてからは聞こえる音楽の音源のほぼ全てがデジタル。このギザッた音が今の社会に何らかの影響を与えている可能性がないとも言えない。もしそうであるのならば、進歩、快適さと引き換えに失ってしまったものはあまりにも大き過ぎる。

 僕らは何かを犠牲に、交換をすることでしか生きていけないのだろうか?
[PR]
by seikiny1 | 2005-04-04 13:15 | 思うこと
<< Thrill is Gone? Sweet Soul Music >>
記事ランキング 画像一覧