ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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Sweet Soul Music
 人の歌声、楽器を奏でる音、描く絵、撮る写真、書く文章、そしてしゃべる声や表情にまでその人の叫びやつぶやきが込められている。ここではそれを歌声と呼んでみよう。
 「ケッ、ホームレスのおっさんか」
 「何だ子供じゃないか」
 「女のくせに」
 「また中国人かよ」
 どんなにみすぼらしい格好をしていようとも、素敵な歌声を持っている人がいる。歌声とその人の姿かたちはまったく別個のもの。姿かたちしか目に入らなければ、その人の真の姿を見ることは出来ない。そんな時は目を閉じてみよう。日頃は聞けない音が耳に入ってくるはず。
 それは彼の、彼女の心から、魂から湧き起こる歌声。Soul Music.それは楽しい、悲しい、様々な道を通ってきたからこそ出てくる歌声。いつの間にか身体にしみこんでしまった魂。天賦の才能があろうとも、どんなに努力をしようとも、腕利きのミュージシャンやプロデューサーがバックアップしようともその歌声に勝つことは出来ない。そもそも、そいつをブチ負かそう、と思う時点で軸がずれてしまっている。そいつはそれを手に入れようと思って生きてきたわけではない。身体を張って生きてきた結果としてただそこにあるに過ぎない。その存在自体に気付くこともまた無いだろう。それは勝ち得た、奪い取ったものではなくしみついたもの。
 誰にも真似することはおろか、超えることは出来ない。そいつの歌声。

 歌い終えて、うつむきながらほくそえむ横顔がまたいい。誰の為でもなく、ただ自分の魂の安らぎのための歌声。そこに誰もいなくてもそいつは歌い続けるだろう。世界でただひとつの歌声。
 Sweet Soul Music.
 そんな歌声が僕らの周りには漂っている。

 地下鉄が二つ目の駅で停車した。
 ホームには一月ほど前からずっと気になっていた男がいた。電車が停車し、通り過ぎるたびに「あいつじゃないのかな?」、と思っていた男。扉が開いて数秒後にサックスを吹き終えた男。やはりそうだった。ニューヨークで二十年以上もサックスを吹き続ける男。この七、八年程お互いにどこにいるのか分からなかった。ただ、風の便りにまだニューヨークで生きているということを二年ほど前に耳にして安心はしていたのだけれど。
 サックスを吹き終え、誰かと話している横顔はまったく変わりはしない。音楽のよしあしはそれほど詳しくないけれど、技術であいつの上を行く奴はたくさんいることだろう。それでもあいつは吹き続ける。
 あいつの彼女であるサックスは質屋と彼の部屋の間を信じられないほどの頻度で行ったり来たりしていた。今でもそうだろう。ギリギリのところで生き続けるたくましく、やさしい男。そのギリギリの度合いは、ニューヨークに住む日本人がよく口にするギリギリとはまったくレベルが違い、そして異質なもの。本当にギリギリなのだ。そんなギリギリの生活をしながらもあの日あいつは50セントのビールをおごってくれた。
 一度だけうれしそうに見せてくれたあいつの一番大切なものはここでは言うまい。

 あっという間の出来事だった。電車の扉は閉まってしまった。
 明日はあいつのSweet Soul Musicを聴きに途中下車しようと思う。

 この文章の前半を書き終わった時にノートから目を上げ偶然再会したあいつ。
 足元には古ぼけたサックスのケースが置かれていた。
 電車が走り出す。それと前後してあいつと話していた人も歩き始める。横顔が見える。どうやら日本人のようだ。ピカピカのサックスケースを肩に、彼は電車と並行して歩く。
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by seikiny1 | 2005-04-03 14:15 | 思うこと
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