ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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腕時計達
 父から中古の自動巻きの腕時計を譲り受けたのは中学生の時だった。高校の入学祝いに初めて新品の時計を腕に巻く。
 駅前にある小さな時計屋さん。日の光を受けたショーケースの中に古い小ぶりの腕時計がうずくまっていた。高校二年生の冬だった。何者かにたぐり寄せられるようにして、引き戸を開け薄暗い店内に入り、おじいさんに頼みその古い時計を手にとって眺めた。丸みを帯びたガラスごしに見える文字盤は清楚ではあったけれど、少しだけ艶やかだった。
 その場でおじいさんに取り置きをお願いして、約一ヵ月後に彼女は僕の腕に巻かれた。千八百円ほどだったと思う。

 それからは小さな町に、小さな時計屋を見つけるたびにそこへ入るようになっていた。お約束のように、そこには孫娘を見つめるような目で古時計を見つめる職人のおじいさんがいた。

 日課は腕時計のゼンマイを巻くこと。機械物は動かしていなければすぐ駄目になってしまう。その巻き加減もなかなか難しく、それぞれの時計が癖を持っている。センマイを巻き切ってしまい、何度おじいさんに怒られた事だろう。「お前にこの時計を巻く資格はない!」、と修理を断られてしまい、粘りに粘って泣き落としたこともあった。
 一本ずつその数を増やしていった古時計は三十本になった。その全てを一夜にして失ってしまった。

「カチッ、カチッ、カチッ……」
 いくつもの小さな秒を刻む音に包まれていた日々。
 手巻き式の古時計を失ってしまったあの日。僕はあとひとつの手巻き時計達-家族・友達-も失ってしまった。長い間手入れはおろか、ゼンマイを巻くことすらも怠ってしまっていた古時計達は一人、また一人と僕のもとを去り、残っていてくれた者達も全てあの日を境に消えた。それは消えたと言うよりも<消してしまった>、と言う方が正確かもしれない。それまでの全ての家族・友達を、全く一方的な理由で裏切ってしまったのだから。

 ホームレスとして生活をしている間、時計を巻くことはほとんどなかった。たまに拾ったりすることもあるが、あの過酷な条件下ではすぐに駄目になってしまう。僕と時間の距離はラジオのニュース局のアナウンサーが伝える時刻、そんなもので十分だった。時間との距離、ということに限定して言えばあの頃が一番だったように思う。

 今、僕の腕にはデジタル式の腕時計が巻かれている。
 ある日、転がり込んでいたオフィスにいきなり電話がかかってきた。受話器の向こうでは懐かしいH君が大阪弁で喋っている。誘われるままに、正月の一夜を彼の家で飲み明かした。あくる朝、朝食の席で「好きなの持ってっていいよ」、と無造作に数本の腕時計が入った小箱を僕の前に置く。その中からデジタル式のやつを選び、腕に巻きつけた。その時、僕はデジタル式の腕時計と一緒に、懐かしい手巻き式の腕時計を彼から受け取っていた。人の目には単なるデジタル式の腕時計にしか見えないかもしれないけれど、僕の目には昔なつかしの古時計が映っている。

 この三年間で数十本のなつかしの古時計達が帰って来た。一度は捨ててしまった古時計達。それに加えて新しい顔ぶれの時計たちもある。
 これからも毎日、一本、一本ていねいにゼンマイを巻きながら生きて行こうと思う。調子が悪くなったら早目に分解掃除をしよう。一生付き合っていくものなのだから。

 手巻き式の腕時計。不思議なことに調子が悪くなってくると、毎日数分ではあるけれどススムようになってくる。分解掃除のサインだ。
 自分自身の時が狂わぬように、たまには分解していこう。

 あと一本大切な腕時計が増えた。
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by seikiny1 | 2005-03-12 15:19 | 思うこと
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