ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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ロウソクの灯り
 中学時代、高校時代、三年間は長く、そして短い。そして、この三年間もそうだった。
 あれから三年が過ぎようとしている。

 彼なりの計算も働いていただろう、しかし同時に様々な問題も抱え込んでしまったことだと思う。
 二〇〇二年三月、僕はアチラ側からコチラ側へ還って来た。ニューヨークのある出版社の社長に追い立てられるように彼のオフィスへと転がり込んだ。何の気負いも、期待も持たずに。ただ、何かが起こればいつでも消える心構えだけは忘れずに。少しだけオマケがあったとすれば「せっかくの好意だから少しの我慢はしよう」、という気持ち。
 いくら小さな所帯であるとはいえ、先ほどまでそこの路上に座っていたホームレスの姿を自分のオフィスの中で見つけてビックリしない方がどうにかしている。好奇心よりも先に混乱が起こってしまうだろう。おまけにそいつはその日からオフィスで寝泊りをするという。
 当たり前の話だが、最初から会社内の空気にトゲを感じ取ることが出来た。皮一枚だけで笑う人、目を合わせない人、表情のない人、完璧に無視する人、何球かの探り球を放って寄こす人。そこではまるでありとあらゆる不安と不審という名の顔の見本市が開かれているようだった。
 衛生面を、盗難を、ドラッグを、不審人物を……。様々な心配声が遠くから聞こえてくる。僕に出来る事といえば、出来る事だけ。それ以下でも、それ以上でもない。健康診断を受け、髪を切り、清潔にすることくらいだ。あとは裸になって素の僕を見てもらうほかはない。
 彼らにとってそれからの日々が僕に対するテスト期間であったのと同様に、僕も彼らを見た。そして自分自身も見つめた。とにかく理にかなわない外野の声は聞き流す。そんなことに腹を立てていては身が持たない。伝えるべきものは伝える。そんなことくらいしか頭にはなかった。

 転がりこんだ当日は、社長をはじめ数名の男性社員と大きなテーブルを囲みビールを飲んだ。時の経過と共に人数も減り最後は一人になってしまい寝袋にもぐりこむ。「こんな息苦しいところはゴメンだ」、という気持ちが約七五パーセント。
 翌朝には僕用にコンピューターがセットアップされた。それからの約二週間は本の原稿を書くのに並行して、それまでに書いていた物をコンピューターに打ち込む作業をする。そんな日々の繰り返し。別段これといった拘束時間もなく、かなり自由に時間をやりくりすることが出来た。
 第一稿が出来上がる頃には、少しずつではあるけれど会社内の雰囲気にも慣れてきて数人は僕と口をきいてくれるようになる。手持ち無沙汰でもあったので少しずつ会社の仕事を手伝いながらも相変わらず、一日の数時間は路上で過ごす、という日常だった。
 社員の平均年齢は二〇代後半。僕より一回り下になる。一番若い女の子とは二十歳近く離れていたと思う。以前の僕だったら絶対に頭を下げる対象ではなかったのだけれど、不思議とそうすることに何の抵抗もなくなっている。別にこび、へつらうわけではないが必要な時にはそういったことが出来るようになっていた。そんなことよりも嬉しく、ビックリしたのは彼らもそれなりの敬意を持った態度で接してくれるようになっていた。
 時は流れる。気付いてみると会社内での僕の立場は実に微妙で、不思議なものになっていた。生産性はあまりないのだけれど、一種の潤滑油、緩衝材のようなところに僕は立たされていた。それを苦痛だとは感じない。それはそれでいいと思う。ただ、ここに自分の立つ場所を見つけ複雑な心境になることが稀にあった。「ここは本当に俺の場所なんだろうか?」

 最初は僕の後ろにあるものしか見ていなかった目が、段々と僕の顔に向けられるのを感じて取ることができた。素敵な笑顔を見ることが出来るようになった。
 素になることが出来れば、信じるということができれば流れは出来る、と信じる。最初は一方的な流れであるかもしれないが、あせらずに時間をかければ真の意味での<交流>が出来る。皆が一枚ずつ服を脱ぎ、裸で同じごはんを「おいしいね」、と喜べる日が来るはずだ。

 四月の中頃、外から帰って来た僕を待ち受けていたのは、昼間だというのに暗いオフィスだった。そこには白いケーキの上でゆらめくロウソクの灯りがあるばかり。数秒後、皆が唄う♪ハッピー・バースデー……♪の歌声に包まれた僕の目から、涙があふれ落ちてしまった

 あれは四十回目のバースデー。一生忘れることはないだろう。彼らのことも。
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by seikiny1 | 2005-03-11 10:18 | 思うこと
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