ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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Hold it!
 ニューヨークの地下鉄の運賃と、ピザのワン・スライスの値段はおっかけっこをしている。「そろそろ、ピザも二ドルで定着するのかな」、と思う今日この頃。
 地下鉄が好きだ。Subway好きだ。ニューヨークの地下鉄が好きだ。
 地上を走っている区間もかなり長いので、厳密に言えば<地下鉄>ではないかもしれないけれど、ここではそう呼ばせてもらう。ニューヨークの人達はこれを単に<トレイン>と呼ぶ。
 行くあてもなく、乗る路線も決めぬまま、ただフラリと地下鉄に乗り込んでしまうことがある。僕にとってこれは単に<点と点を結ぶ>だけの手段ではなく、一種独特の動く空間。乗る路線、時間帯、同じ路線でも上りと下りでは全く別の顔を見せてくれる。
 僕がニューヨークに来た当初、様々な、それでいて不思議な統一感のある落書きで地下鉄車両は包まれていた。当時の旅行ガイドブックにはお決まりの言葉が、「地下鉄に乗ることは出来るだけ避けよう」。しかし、その外観も含めてそこにはやはりニューヨークがあったように思う。今でも外観こそきれいにはなっているけれど、やはりそこには普段着のニューヨークを感じさせるものが乗客の数だけ、いやそれ以上に満ちている。
 あの当時、ピザは一ドルだった。

 自分自身が「ホームレスになった」、と認識した時真っ先に買ったものは<メトロカード>と呼ばれる地下鉄の定期券だった。地下鉄でとりあえず寒さをしのぐつもりの買い物。そこには乗り降りする人だけではなく、乗りっぱなし、住み暮らす人々もいる。その数や清潔度で行けば日本よりはグッと落ちてしまうけれどトイレを設置している駅もあり、一日中乗っていれば、ホームレスのために無料でサンドイッチを配って歩く人たちとも出会えるのでとりあえず困ることはない。ただ、今でも地下鉄が好きなのはそういった理由からではなく、やはりそこにニューヨークを、アメリカを感じることが出来るから。

“Hold it!”
 今降りたばかりのおじいさんが叫んでいる。
“Hold it!”
 再度、叫ぶ。その数秒後に階段から一人の女性が現われ車内に消えた。車両の中ほどから身を乗り出していた車掌さんは。それを見届け、前後を確認した後にようやく出発進行。誰一人として文句を言う乗客はいない。こんなことがたびたび起こるのもやはりニューヨークならではだろう。時刻表というものを持たない運行ダイヤに支えられているからこその風景。これが日本であればまず許されない。ダイヤは秒単位で刻まれ、乗客は最低でも百数十円の運賃を払っている。それこそ、寸秒の狂いも許されず、駆け込み乗車をしようとすれば駅員さんに怒られてしまう。幸いに乗り込むことが出来ても、しばらくは先客の無言の圧力に耐えなければならない。こういった厳しさは、その運賃とも決して無縁であるとは言えないだろう。
 僕が愛するニューヨークの地下鉄の風景。
 ニューヨークの地下鉄はいつ来るかはわからない。それでもいつかは必ずやって来る。そんな感情のレールの上を走る乗り物とも言える。

 フレッド・アステアの映画の中で、発車間際の地下鉄のドアの間に傘を差し込み「チョチョッ」とした後にドアが「スーッ」と開くシーンがある。
 実際にはそんなことは起こらない。
 人々は閉まりかけたドアに腕をねじ込み乗り込んでくる。誰かが半身を挟まれてもがいていると、見ず知らずの人達がドアに駆け寄りそれをこじ開けてくれる。そんな人達が肩を並べて座っている地下鉄。そこには俗に言うところの<安心感>は少ないかもしれないけれど、人々のそういった姿が僕を安心させてくれる。

 ニューヨークの地下鉄にはいつまでも時刻表はいらない。出来ればピザも値上げしないで欲しい。どちらも大好きだから。
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by seikiny1 | 2005-03-08 12:54 | ニューヨーク
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