ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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Under My Thumb
 地下鉄駅の上りのエレベーターは故障でもしたのか、止められていた。そこでは緑色のTシャツを着た男二人が別に修理をする、といった風でもなくただ談笑をしていた。彼らの背中には《OTIS》の文字。アメリカのエレベーター・エスカレーターのメーカーの中では多分最大手だろう。外へ出てもOTISの四文字が頭から離れない。

 その店へ入ったそもそもの目的はトイレを使わせてもらう為だった。鞄を入り口で預け足早にトイレへ向かっていく途中目の端に何かが引っかかった。それでも第一の目的を忘れずにとりあえずトイレへ。手を洗って出てきたその足で先ほどの場所へ戻る。一瞬自分の目を疑ったのだが、迷うことなくそれを手に中二階へと向かった。
 ここはニューヨークのとある古本屋。広いスペースの中にテーブルや椅子が散りばめられており、皆が思い思いに本を広げている。携帯電話を鳴らす者も、大きな声でおしゃべりをする者もいない。奥の方には小さなコーヒー・バーがあり、美味しいコーヒーを飲むことも出来る。色々なメディアに取り上げられ、少し有名になりはしたけれどそれほど混雑もしておらず、いつも快適なひと時を約束してくれる。
 外の様子がよく見える中二階の席に座る。長い間のお気に入りの席だ。
 Otis Redding
 一九六〇年代に一声を風靡したStaxレーベルのシンガー。階下で手に取ったのは彼の評伝の新古い本。表紙には写真もなくただ彼の名前が記されているだけ。今日はどうやらOTISに支配された日らしい。ざっと読んだだけなので詳しくはわからないけれど、取り立てて言うほど新しい発見はなかった。それでも久しぶりに彼の事を思い出し、ゆっくりと考えることが出来た。そのうえ、彼の歌をよく聴いていた頃の自分がフラッシュバックする。

 前のテーブルではどうやら英語の個人レッスンをしているらしい。
 ここには古本や独特のあの匂いがまだ残されている。空気がゆっくりと流れている。ブックオフでは決して味わえない空気がここにはある。
 ここへはじめて来たのもこんな冬の昼下がりだった。大きなガラス越しに見えるストリートに目を落としてみると、真新しく、真っ黒なアスファルトで不様に修理された石畳が真っ先に目に飛び込んできた。時と共にあのアスファルトも雨風に、そしてタイヤと靴底に角を取られ石畳と同期しながら波打つことだろう。
 さっき入ってきたばかりの女性がコーヒーを片手に店を出て行った。左側をチラリと見てサッと石畳を横切り、斜め向にある古物商の鍵を開けている。こんな場所に店があるなんて、いつも身近に美味しいコーヒーがあるなんて、うらやましい限りだ。箱に入った辞書を引くことがあまりないように、美味しいコーヒーがそばになければ自然とコーヒーから遠ざかってしまう。

 少しだけ遠くへ目をやると、現在のニューヨークを象徴するような、今ではすっかりと見慣れてしまった光景が目に入る。カラフルなボーダー柄のセーターに身を包んだ女性が、少しだけ春の温かみを帯び出した陽射しの下で古い石の壁に身を預けタバコをくゆらせている。おいしそうに吸っているにもかかわらず、その姿はなにかの力で動かされている奴隷の姿にダブってくる。
「彼女を支配するものはなんなのだろう?」
 タバコ、法律、肉体の欲、習慣、安らぎを求める心……。それとも政府の、家族の、生活の、自分の奴隷なのだろうか?
 誰もが何かを支配し、支配されながら生きている。それが幾重にも重なりながらこの社会は成り立っている。
 お金を持っているからといって幸せであるとは限らない。仕事をしなくてよい環境にあるからといって自由であるとも限らない。部長さんが必ずしも人間的に優れているともいえない。動物の動きから、花の色から何かを感じる人がいる。様々なものがお互いに支配をし、支配をされながら生きている。
 そんな中で僕のよりどころとなるのは何なのだろう?
 少なくとも他と較べる-そもそもこれ自体に無理がある-ことではないように思う。日頃思うのは、ある意味での《格》というものを大切にしたいということ。それは風格であり、人格であり、性格であり……。一朝一夕に作ろうとしても出来ることのないもの。たとえ他に支配されようとも、しようとも格さえ失わなければ幸せでいられると信じるから。

 この古本屋に足を運ぶようになって五年ほどになる。ホームレス時代にもよくここに座って外を眺めていた。考えてみると、ここで時間を過ごすのは冬の方が圧倒的に多いようだ。
 五年前と比べて、僕を支配する
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by seikiny1 | 2005-03-06 08:54 | 思うこと
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