ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30
お願い
当サイト・メインコンテンツ内にある全ての著作権は筆者に帰属いたします。無断転載及び流用は固くお断りいたします(トラックバックに関しましてはこの限りではありません)。
以前の記事
カテゴリ
中華度数と安心度数(2)
 もう暗くなってしまったガラスの向こう側に近付いてくるヘッドライトが見える。あちこちに腰をおろしたり、立っていた人々がてんでバラバラに押しあいへしあいしながら四つのゲートへ向かい出した。数分もすると、それぞれに凸凹で何の統一性もないのだがそれでも列らしきものが出来た。やはりドア付近に置かれていた新聞紙や、紙袋たちは人のかわりにそこへ並んでいたようだ。時が来てそれらが人に取って代わられても、何の違和感も抱かせないのがこれまた不思議なのだけれど。この不思議さはなんなのだろう?
 しかし、その列らしきものを見た途端にまた少し安心度が上がった。一番怖れていたのは、地下鉄の乗降やお店などでの清算時によく見られる、もみくちゃにされる<列>や<順番>という観念がないかのように、われがちに己の目的遂行のために突進する彼らの後ろ姿だったからだ。「あの動きをこれだけの人数でやられたら、とてもではないけれどたまらない。ニューヨークへ無事帰着するのは不可能かもしれない」。その列は暗闇の中で見つけた一条の光にも似た輝きを持っていた。しかし安心していても帰ることは出来ない。ニューヨーク行きのバスを見つけ出さなくては。各列についている人に声をかけ行く先を訪ね歩く。一体何人の人に声をかけたのだろう?ようやく何とか英語が通じる男性に行き当たり、ニューヨーク行きのバスのゲート番号を教えてもらうことが出来た。
 8番ゲートに列を成す人々の最後尾につく。自分の前に立つ人の数を数えてみて一安心。何かの拍子でこの人数が倍近くになったとしてもまだなんとか大丈夫だ。再び安心度が上がる。
 しかし、その数分後にそれは再度急降下を始めた。ほぼ中国と化したココでは日本人やアメリカでの常識では考えられないことがやってくる。なにが起こっても不思議ではない。油断をしていた自分がただ悔やまれた。
 バスから降りて来た乗務員がゲートのドアを開くのと同時に、そのドアをめがけてあちこちから人が殺到し始めたのだ。「何でこの人たちは列につかないのだろう?」、と先程から少しは気になってはいたのだがそれほど深くは考えていなかった。その人達がドアに殺到している。列など作る気は全くないらしく、乗務員の女性が中国語で何か叫んでいる。少しずつではあるけれど、人の波はバスへと吸い込まれていく。
「おい、こっちの列はなんなんだ?」
 不安度がかなり上がってしまったので意を決して乗務員のところへ向かい尋ねてみる。よかった、英語が通じた!
「乗車券を見せて」
 言われるままにポケットの中の物を差し出すと、「あそこに並んで順番を待っていて」と言う。やはり僕が並んでいた列で間違いはなかったようだ。「それじゃこいつらはなんなんだ!?」。色々な状況や、限られた英語での説明から察するに、どうやらゲートに殺到した人々は、当該日・当該時刻の記載された乗車券を持っていたようだ。それには確か座席番号も記載されていたはずだ。それでも彼らは我先にと走る。入り口でもみ合っている。あの番号はただ書かれている飾りに過ぎないのだろうか?いや、そんなことよりも乗車時にちゃんと帰りの日時を告げたにもかかわらず、全く見当違いの帰りの乗車券を渡すその神経、システムはなんとかならないものなのだろうか。しかし、これまで十数年間の様々な経験から、僕の中にはこと中国系の人々に関しては諦念の感に近いものが出来上がっていると言えないこともない。全ての人がそうであるとは決して言わないが、実際にそういった人を知っている、「この人たちのマイペース、世界の中心は自分である」とも見て取れる言動はもしかしたら確信犯であるのかもしれない、とすら思うことがある。なにかの問題の前で、気付いてみればいつのまにやら主客が転倒している、といった場に何度出くわしたことか。
 とにかくニューヨークへ帰らなければならない。帰りたい!ただその事のみを念じて、今では<空席待ち>とわかってしまった動かぬ列に立ち尽くす。「何で俺が空席待たなきゃいけないんだ!」
 数分後に、ゲートドア付近の押し合いへし合いもおさまり空席待ちの列がやっと少しずつ動き出した。「これでやっと帰れるんだ!」、と安心したのもつかの間。僕の二人前の乗客でドアは無常にも閉ざされてしまった。満席……。
 乗客を満載したバスは行ってしまった。次の便は一時間半後に出る予定だ。われに帰って見回してみると、つい先程までチャイナタウンの様相を呈していた待合室に人影はまばらで、そこはどこの町にもある夜のバスターミナルとなんら変わるところはなかった。

 「チッ」、僕の前に並んでいた中国人の男性は軽く舌打ちをしタバコを取り出しながらもまだ立ち尽くしている。彼を横目に僕はドアのまん前に荷物を置き、すぐそばの椅子に腰をおろし腕を組む。やはり人間は学習するものなのだ。その場その場の状況に対応していかなくては前へは進めない。ニューヨークへは帰れない。しばしタバコをふかしていた彼も僕のかばんの後ろに赤いビニール袋を置くと、後ろも振り向かずエスカレーターで上の階へと向かった。


<つづく>
[PR]
by seikiny1 | 2005-02-26 10:15 | アメリカ
<< 中華度数と安心度数(3) 中華度数と安心度数(1) >>
記事ランキング 画像一覧