ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
お願い
当サイト・メインコンテンツ内にある全ての著作権は筆者に帰属いたします。無断転載及び流用は固くお断りいたします(トラックバックに関しましてはこの限りではありません)。
以前の記事
カテゴリ
紙ナプキン
 記憶の中にあるはじめての紙ナプキンとの出会いは、デパートの最上階にある食堂だった。福神漬けやラッキョウのはいった小さなガラス製の容器と一緒に運ばれてきたスプーンは、薄く白い紙に包まれていた。時を経て食堂の各テーブルの上で銀色に輝く、ステンレス製のナプキンホルダーにはさまれた紙ナプキンは当たり前のものとなった。しかし、ナプキンそのものは相変わらず薄く、吸水性の悪そうなものでその一枚を誰もが大切そうに使っていた。八歳年下の妹が生まれたのはその頃だったと思う。母方の祖母が、布製のオムツを一枚一枚ていねいに縫い上げていた光景を今でも思い出すことが出来る。

 大好物のバッファロー・ウィングを頼んだ僕の前にウェイトレスの女性が一束の紙ナプキンを置いていった。ハンバーガーショップで“How many?”の問いに“Two”と答えた僕のトレイに彼はわしづかみにされたケチャップの小袋のかたまりを置き、コーラを取りに奥へと向かった。「???」
 たとえ紙ナプキンが、ケチャップが彼女ら、彼らのものであったとしてもこの光景はそう変わる事はないと思う。それがこの国の人たちであり、この気風が大量生産のシステムを産み、消費社会を作り出していった。この国の背骨であり、誇りであるのかもしれない。
 石油がことさら高く、常に燃費や消費効率を考えていた人々。日本の自動車産業は常に燃費との格闘であったといっても大きくはずれてはいないと思う。時代は移り変わり、地球の環境問題が声高に叫ばれるようになってきたが、多くの人々の頭にあるのはやはり自分の財布の中身だろう。その結果として<環境にやさしい>という言葉がついてくる。我々が突き詰めてきたことが、決しておかしなことではなかった。<エコ>という言葉がとても心地よく響く今日この頃ではある。
 たとえ瀬戸内海で世界未曾有の大油田が発見されようとも、日本の自動車産業が低燃費に傾ける情熱が変わる事はないだろう。これが物事に立ち向かう際のわが国のの姿勢だと思う。

 アメリカに来て二年目のことだった、魚釣りに行った州立公園のトイレではじめてハンドドライヤーに遭遇した。(その数はとても少ないが)どこの公衆トイレへ行っても、トイレットペーパーはなかった。
 昨秋、日本へ帰国した折りに熱を逃がすことなく短時間で手を乾かすことが出来るハンドドライヤーとあちこちで出会った。母の家にすらウオシュレットのあることに少しビックリした。

 様々な個性があり、それぞれが長所、そして短所を持つ。悲しくなってしまうほどにアメ車が小型化してしまった今、様々な個性が<いかにバランスを取りながら共存していくか?>これほど大切なことは無いように思う。言葉で言うのは簡単だが、なかなか出来るものでないことはわかっている。それぞれの道を突き進みながらも、他に目をやり押したり、引いたりを常時続けていく。人間社会でも一番骨の折れる行為のひとつだろう。しかし我々は、ニッチもサッチもいかないところまで来てしまっている。

 相手を否定することなく認めていく。
 むずかしいことではあるけれど。


 俺だってどこかへ飛んで行ってしまいたいこともあるよ、たまには。
[PR]
by seikiny1 | 2005-02-12 10:41 | 日本とアメリカと
<< その手を耳からはずそう SORA >>
記事ランキング 画像一覧