ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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4ドルと99セントと
 16oz.(約500cc)のビールが税金込みで4ドル。
 これはバーでの値段ではなく一週間前にチエック・インした宿泊施設内にある売店での値段。しかもビールはアメリカで最もポピュラーな国産品(米国製)。

 一瞬の迷いもなく二本を買い求め、部屋へ入ると同時にのどへ流し込む。「ファ~ッ」という幸福の溜息がもれていた。
 普段は近所のデリで24oz.(約720cc)のやはり国産メジャーブランドのものを99セントで買い求めている。日常では16oz.に4ドルも払うなんてことはまずありえないことだ。しかし、その時は長旅でよほど疲れ果てており、頭の中はほぼ琥珀色に染まっていたのだろう。納得の値段だった。今、冷静になって考えてみても決して高い買物をしたとは思わない。
「あれは、あれでよかった」
 あの時の僕にとっては適正な値段であった。

 物の価値ほどあいまいで変貌自在なものはないだろう。もし、それを価格という金額のものさしに置き換える事を許されるのであれば、その数値は受け取る人によって、また同じ人であってもその時々に周りを取り巻く環境によって全く別のものとなってくる。価格を設定した人も含めて、それに百パーセント満足している人は一人もいないのではないだろうか。そもそも万人共通のものさしを作ろうということ自体に無理がある。
 誰が金塊を尊い物と決めたのだろう?
 行き先を失った砂漠の旅人にとっては、たった一杯の水が何物にも換え難い。
 性悪男に入れ込む女がいる。

 誰もが認めることの出来る価値というものは存在しない。物の価格のように多くの人がそれに従っているということはあるが。
 <戦い>がある者にとっては聖であり、他にとってはビジネスであったり正義であったりもする。全てのものには様々な矛盾が共存している。裏と表があるからこそものなのかもしれない。大切なのはひとりよがりになることなく、もうひとつの目から見た価値にも焦点を当ててみることのように思う。そういう目を持つことが出来れば、いつの日か僕はビールを口にすることがなくなるかもしれないが……。
 事の正邪は別として、何物かに価値を見いだすことができる人は幸せであると言えるだろう。それが許されるのは自分自身以外の何者でもない。言葉を換えれば自分自身で見いだすからこそ価値があるとも言える。光を失った目には何も映ることはないが、たとえ他人の目には小さな石ころにしか見えないものにも価値を見いだすことができる人はいる。そんな小さな石ころをいくつもポケットに入れて歩いていくことは、光明を失った闇を走り回るよりどれだけ幸せなことだろう。

 ただ見失って、目を閉じているだけで、目をこらしてみると大きな、小さな石ころがあちらこちらにゴロゴロしている。立ち止まって、そんなひとつをつまみ上げてじっと見てみる。そこには自分にだけ見ることが出来る光があるかもしれない。他人の価値観に惑わされることなく、自分の目を信じて行く。
 価値とは極めて自己中心的なものなのだから。

 一週間ぶりに部屋へ戻って来た。荷物を放り込み、その足でビールを買いに向かう。
 99セント。
 この価格が今の僕を幸せにしてくれる。
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by seikiny1 | 2005-01-18 10:48 | 思うこと
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