ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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匿名希望
「さて次はOO県XX市の”匿名希望”さんからのおはがきです」
 最初に<匿名>という言葉を聞いたのはラジオの深夜放送だった。その頃のラジオの深夜放送は若者にとって一番あついメディアだったと言えるだろう。ハガキを読まれることによりプレゼントなどが貰えるのがほとんどだったので、匿名<希望>ではあっても本名は付記されていたはずだ。そして、時を経ずしてこれは自分で名づけた個性的な<ペンネーム>へと変わっていく。
 古くから匿名というものは存在していた。しかし、その多くは奉行所の目安箱のように告発または嫉妬などによるものだったのではないだろうか?この言葉から一種の暗い響きを感じる人も少なくないはずだ。そしてその血脈はいまだに警察などの貴重な情報源として生きていることだろう。
 今、匿名は別の顔を持ち歩き始めている。

 三十年前に、これだけのハンドル・ネーム(以下HNと略)という名の匿名が花盛りになる事を誰が想像しただろうか?インターネットの普及に伴いこの花は咲き乱れ、いまだ衰えを見せる気配はない。顔のない人格が全世界の人口の数倍になる日はそう遠いことではないだろう。
 インターネット上ではほとんどの人がHNを使う。その名前を見るだけでそれぞれの個性が想像できる楽しいものも多い。
 そのほとんどは、HNと本人は同一人格なのだろうが、インターネットという仮想空間に、もう一人、いやそれ以上の自分を作り上げ、それを楽しむ人もいることだろう。僕には到底そういう器用な真似は出来そうもないので、完全に使い分けが出来、自分を律することができる人をうらやましく思うことすらある。僕の場合だと、実生活を送る自分に「他の自分がかぶってしまうのではないか?」という不安につきまとわれてしまう。虚実の境目が不安定になる可能性を否定できないからだ。そして、その虚もまた実であると思うからこそ怖い。人間とはとても矛盾に満ちた生き物であるから。

 インターネットという媒体が普及するまで、マス・メディアのほとんどは一方向性だった。与えられた情報しかわからないし、自分の欲する情報を探し出すのは困難であった。しかしインターネットの出現によりこれらは確実に双方向性への第一歩を踏み出し、多くの人に発言の場を提供した。HNによりそれぞれが自分自身の内に持っていた発言に対する障壁すらもかなり低くなった。
 家での顔、外での顔、嗜虐的な顔、弱虫の顔、正義の顔、権威の顔、……。本人が意識しているかどうかの差こそあれ、誰もがいくつもの顔を持っている。「この顔では言えないことでも、あの顔だったら言える」、そうして拡がった発言の場で何の忌憚もなく言葉を発することが出来る。これまでは権威によって握りつぶされてきた情報などもHNの出現によって容易に日の目を見ることもある。最近話題になった、人気歌手の盗作事件などはその好例だろう。以前であったらこの手のスキャンダルは<事務所の力>で容易に火消しが行われたことだろう。ただ、HNはこういった社会的悪を追及・告発できるのと同時に、特定の人物や対象を容易に陥れることもまた可能である、という点にも気をつけなければならない。誰もがその被害者になる可能性を持ち、加害者となることも容易に出来てしまう。
 <言いたいことが言える世の中になってきた>。これはHNがもたらした最大の恩恵。<見たくない、聞きたくないことの蔓延、そして悪意による誹謗、中傷>これはあだ花。両刃の刃だ。この刃の先に行ける者こそ真の情報を把握し、そこからの第一歩を踏み出すことが出来るのだろう。それはきびしい道だろう。秩序や道徳が確立していない現代は乱世と言えるのかもしれない。

 <もう一人の自分>の体験は一度味わえばやめられない甘美なものかもしれない。ただ、その顔を持たない自分にも責任と的確な判断力が求められている事を忘れてはならない。
 大人でさえ自分を失いそうなこの世界で、まだ一個の人間としての途上過程にある子供達が、もう一人の自分と共に成長していく事を空恐ろしく感じることがある。日常で現実と非現実がないまぜになり、最悪の場合本当の自分の人格すら制御不能に陥ってしまう可能性すら想定されるからだ。

 これからはこれまで以上に人間との関わり方が重要になり、そのうえ機械・情報とのそれ、自分自身との対話がもっと必要とされてくることだろう。集団が社会を統制することよりも、個がそれを形成し導いていく可能性が高い。その為に、自己制御、情報選択力そして他人への思いやりなど今からやっておかなければならないことが山積されている。

 もし今HN禁止法案なるものが施行されれば世界は大混乱に陥ることだろう。
 多重人格症および対人恐怖症の患者がこの先増えぬことを願って。
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by seikiny1 | 2004-12-28 08:59 | 思うこと
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