ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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地べた
 中高生の時分は廊下や校内随所で、用もないのに悪友らと俗に言われる<ウンコ座り>をよくやっていたものだ。おかげで学生服のズボンのお尻の箇所に何度もほころびを作ってしまった。

 今回日本へ帰った際によく目にしたのが当時の僕と同じくらいの子達が街中に座り込んでいる姿だった。それはウンコ座りではなく、ある者はあぐらをかき、またある者は立て膝であったりする。共通しているのは皆お尻を地面につけていること。そして個人ではなくほとんどの場合が数人で円座を組んでいたことだ。人づてに聞いてはいたものの、実際に目にするのは初めてだった。それほどの不快感も受けず、ただ珍しいものを見る感覚にとらわれただけのこと。
 
 これらはまずアメリカの都市部では目にすることの出来ない光景だろう。彼らがそれをやるのは庭先かピクニックへ行った時くらいだろう。ピクニックにさえ折りたたみ式の椅子を持っていく者が多い。ソファーなんかを持ち込むつわものもいるくらいだ。
 他の都市のことはわからないがニューヨークに関してだけ言えば、ビルディングの入り口などの階段に腰をおろしている人達の何と多いことか。老若男女、ホームレスからスーツ姿のビジネスマンまであちこちの階段に腰をおろす。初めてマンハッタンに来た十数年前、こちらで知り合った人にハーレムへ連れて行ってもらった。平日のハーレム、そこかしこのビルの階段に腰をおろしている人達を見ることが出来た。案内してくれた人に「あの人達なにやってるんですか?」と訊いたところ、彼は「座ってるんだよ」、とぶっきらぼうに答えた。
 その後、この地で十年程生活して<ただ座るだけ>ということが少しだけ理解できたように思う。そしてその行動は僕の大事な血肉となった。
 そう、この国はやはり椅子の国なんだ。
 そして日本は畳の国なんだ。

 <座る>ということは大切なことだと思う。屋外では立っている事がほとんどだからだ。座る事により物理的にその視点が変わり、動かないことにより物がよく見えてくることもある。それらは脳に直結する。
 日本人独自の発想や考えというものがある。他の国の人には理解できないことも多々あるだろう。それらが地べたに座ることと無縁であると誰が言えるだろうか?

 屋外の低い視点から物事を見る彼らの目には何が映っているのだろう?そしてそれがどう消化され、どんな花を咲かせ果実を結ぶのだろう?
 僕は屋外に座り込む彼らを否定はしない。応援したいくらいだ。なぜなら自分自身がニューヨークの街中でそれを三ヶ月間毎日やり、それをやることによって何かが変わったのを実感できたからだ。
 彼らに頼みたいのは、しっかりと眼を開き、徒党を組むことなくやってほしいという事。心の目をも開いて、たくさんのものを見て色々な事を考えて欲しい。ただ、人に迷惑をかけないというルールには十分に留意して。このルールだけはニューヨークのホームレスもちゃんと守っているのだから。

 街の景観は少し悪くなるかもしれないだろうが、そこに大きな実がなるかもしれない。

 その辺の階段に気軽に腰をおろすことが出来ない自分を発見した時、僕はニューヨークを去るだろう。その時の自分にもっとあう街を探しに。そういう日は来ないで欲しいのだが。
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by seikiny1 | 2004-12-16 09:25 | 日本とアメリカと
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