ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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里親
 写真家Ryuさんの写真 をみて、ショッピングカートにまつわる話、思いを書いてみました。

 十数年前はじめてアメリカの土を踏んだ。
 グレイハウンド・バスのパスを片手にロスの空港からサンフランシスコへと向かった僕は、バス発着所そばにある安ホテルに荷物を放り込むとスーパーマーケットへ向かった。アメリカで一番行きたかった場所。
 その大きさ、品揃えに圧倒されたが、最初に僕の目をひきつけたのは巨大なショッピングカート達だった。それまで日本では手提げ式のバスケットを乗っけるタイプの小さなショッピングカートしか見たことがなかったので、巨大なそれは軽自動車に比する往時のアメ車のように僕の目には映った。「違う」。買い物客が買い物する量、そして各商品の大きさが日本のスーパーとは比べ物にならないほど大きい。三リットルのコーラや、巨人の頭のようなスイカなどをショッピングカート積み上げてレジに向かうその姿は一種壮観だった。需要と供給のバランス。

 バスの旅に約二ヶ月を費やして着いたのがニューヨーク。他の都市に比べるとスーパーマーケットの数が全然少ないし、その規模もかなり小さい。ショッピングカートもふたまわりほど小さいのがほとんどだった。買い物客はといえば両手に白い袋を下げて家路を急ぐ。二本の足で生活する。ある意味日本に近いので、そこに親しみが湧いた。
 十年ほど前より、大きなスーパーが少しずつ出来始め、文房具屋チェーン、ディスカウント・デパートの進出などもありニューヨークでも巨大ショッピングカートを目にするようになった。ただ、店からは持ち出せないように店の出口に柵を設けたり、ガードマンが監視していたり、スーパーの敷地から出ると車輪が動かなくなるように細工したり……、と防御策を講じているので他の都市に比べると路上で目にするショッピングカートの数は少ない。安価かなものではないので、店の方もそれなりのことをやらなければやってはいけないだろう。二十ドルの買物をして八十ドルもするショッピングカートを持っていかれたのではたまったものではない。
 マンハッタンからハドソン川をはさんだニュージャージー州へ目を移すと、そこは一転して車社会だ。スーパーの規模もやはり大きく、駐車場を備えていない所は少ない。いや、それなしでは商売に影響してしまう。皆車で買い物に来るのでショッピングカートを押して帰ってしまう人も少ない。ただ駐車場のあちこちに散乱しているだけ。それでも、車を持たない人、近所の人は押して帰ってしまう。そこに隙間ビジネスが生まれた。ショッピングカート回収業。トラックであちこちを走り回り、路上に放置されたショッピングカートを回収し、所有者であるスーパーへ変換し手数料を貰うわけだ(ショッピングカートのほとんどには店の名前がはいっている)。また、日本と違いニューヨークのホームレスのほとんどは定住地を持たないさすらい人。常に家財道具と共に移動するか、それらをどこかに隠しているかのいずれである。上記のようにニューヨークでは稀少品のショッピングカートを求めて川を渡るホームレスも多い。パス・トレインというニュージャージーとマンハッタンを結ぶ電車で仕入れに行き、持ち帰ってくるのだ。また、ニュージャージーからニューヨークへ物(中古の衣料、雑貨など)を売りに来て、路上に開いた店舗を閉めた後、ショッピングカートを置いて帰る者もいる。
 このように貴重品であるショッピングカート。見つけたら確保したいのが人情だ。そこで駐車をしたいときには鎖と錠前で電柱などにしばりつける。ただ、あまり長時間放置すると誰かがゴミをいれ、また誰かが……。あっという間にゴミ箱と化す。そのうちに、近所の誰かが市に通報し鎖を切られて撤去という羽目になってしまう。まぁ、ニューヨークでは長期間の駐車は自動車ですら撤去されてしまうが……。
 ホームレスが押しているショッピングカートを注意してみていると一つのことに気付く。スーパーの名前がペンキや、引っかき傷で消しこまれている。これは所有者をわからなくするため。警察はその気になれば<窃盗>の罪で簡単に逮捕することが出来る。そのための用心だ。所有者がわからなければ立件のしようもない。警察もある程度は目をつぶってくれているのだが。あまりにも目に余るようだとやられてしまう。

 こうしてショッピングカートも様々な人の手を経て旅をするわけだが、その何パーセントが最初の仕事場で定年を迎えることができるのだろう?本来の目的ではないかもしれないが、スーパーで終始乱雑に扱われ、ガラクタとしてスクラップになるよりも一人の人間に大切に、まるで我が子のように扱われる方が幸せなのかもしれない。
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by seikiny1 | 2004-12-12 09:59 | 日本とアメリカと
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