ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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廃墟
ニューヨークに春の訪れを告げるもの。
サイドウォーク・カフェ。
通りに面したカフェ、レストランが歩道にテーブルセットを出しはじめる。

コンクリート、レンガ、石で出来上がった街。
綿密に設計をされた公園。
大地は人間という神が想像したもの深くに眠る。
そんな街では風物詩もまた人工のもの。
ここ数年の新顔は透明プラスチックのカップ。
温度計の表示と薄茶色のアイスコーヒーを手にする人の数が同期する。



ここしばらくの天気具合はなぜか東京と似ている。
不具合、と言ってもいいほどに寒暖の差が激しい。
30度を超す夏日。
数日後には10度を切り長袖の世話になる。
初物好き。
俗に言われる江戸っ子と似た気質なのか。
コートの背を丸めながらの屋外での食事シーンも珍しくはない。


歩きながら見ているのか、見ていないのか。
自分ですらわからない。
そんな視線はたしかにある。
屋外地下、吹き抜け沿いのカフェ。
テーブルの出されていない敷石はやけにくたびれて見える。
雪の翌朝に歩いてみても、
昨夜の手がかりを見つけることはむずかしい。
そんなエリアであるのに敷石にはまったく艶がない。

陽に灼け、塩をまかれ、零下をひと冬の間抱き込み……。
敷石はくたびれてしまったのか。

通り過ぎながら映っただけだから、
時間にして30秒程度。
見つめていたのは5秒にも満たないだろう。
車道を横切る頃には意識が飛んでしまっていた。



暗闇。拾われることのないゴミ。通りの奥に起こる匂い。
隙をうかがうチッポケな犯罪の眼、眼、眼……。
ナポリには1980代ニューヨークと同質の空気が立ちこめていた。
あの頃を思い出させるに十分な落書きの中に埋め込まれた地下鉄。
Graffitiのセンスだっていい。
作ったものではなくできあがったものなのに。
乾いた風景を見ながら郊外へ。


電車を降りて歩く。
グレープフルーツほどもあるレモンが枝にぶら下がる。
ポンペイ遺跡へ行ったのは炙られるような暑さ、熱さの日5月だった。

廃墟群。
かつて町として機能し、繁栄をしていた。
食堂、居酒屋、風呂屋、スタジアム、
上下水道も完備していれば、
風俗店もありGraffitiもある。
人々に埋め尽くされた町は、突如、火山灰の下に埋れた。

悲劇を思わせる材料に事欠きはしないのだが、
帽子をかぶっただれもが乾いた観察者の目でかつての繁栄の上をなぞる。
1900年という時間は人を冷静にするに十分な時間なんだろうか?


ミッドタウンに埋め込まれた敷石。
そこに廃墟となってしまったニューヨークを見ていた。
2010年04月14日朝。

朝の肌寒さのためか人影のない広場。
人の手によるものは、
出来上がったときに動くことをやめてしまう。
まるで地球の表面に焼き付けられたシミのよう。
生命を吹き込むことのできるのは創造主である人間だけ。

自然は愛しく、恋しい。
それでも、ぼくは都会がなくては生きていくことはできないだろう。
人は苦手だが、好きでもある。
窓辺に佇む庭に棲む猫のような距離感で生きてゆくことのかなう場所。
都会。
少なくともぼくにとっては。

数年後、
ぼくというカタチはこの地上に存在をしていないかもしれない。
数千年後に石膏を流し込まれるカタとしてだけ地底深くに転がるだけで。




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by seikiny1 | 2010-04-18 09:37 | ニューヨーク
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