ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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Between the Sheets
 なんだか久しぶりに地図を広げてみたくなった。
 GoogleやNetScapeなどのオンラインものではなくて、観光局やレンタカー屋でもらえる無料の簡単なものでもない。地図帳がいい。
 アメリカのものならRand McnallyのRoad Atlas。日本のものならばガッシリした表紙を持つ重そうなもの。
 別にどこかへ行こうというのではなく、ただなんとなくパラパラしたい。アソビたい。
 適当に見つけたその町にはどんな人が暮らすのか。小さな目抜き通りにあるバーではどんな会話が交わされているのか。小さな川で糸を垂れるひとはどんな魚を釣り上げるのか……。ページの中で空想に遊ぶ。

 小学校でもらった地図帳。中学では少し精密になる。家の本棚あった大きなやつは重すぎたせいかあまり開く機会はなかったが、父が持っていた九州道路地図ではよく遊んでいた。たしか青い表紙だったと思う。それとゼンリンの住宅地図。手書き風のこの地図も好きだった、友達の家を見つけては喜んでみたり。
 アメリカへ来てからは傍にいつもRoad Atlasがあった。時代小説が好きだったので日本へ帰った際には古い地図を探してみたり、詳細に描かれた分厚い地図帳を持ち帰ってみたり。地図を見ながら小説を読むのも楽しい。作品に立体感が与えられその場にいるような気分になってくる。これはGoogle Mapでのことになってしまうけれど、ニューヨークを舞台にした連作小説を読み返しながら、最近、登場する場所にピンを立てながら地図を作っていっている。

 さて、地図帳。
 地図という紙の束が身辺から消えて10数年が経つ。
 なぜ、今、この時に地図を広げてみたくなったのかはわからない。ひとつだけ言えることは、この空想アソビにネットの地図が不向きであるということ。ネットの地図にはいつも行き先、目的地が必要になる。出来ないことはないけれど、手ぶらでフラリと出かける気楽さがない。検索という厳然たる目的と、「なんとなく」というフワフワしたものの間にはどうしても取り壊すことのできない壁がある。
 とはいえ、検索、ネットは本当に便利だ。
 ちょっと気になっていた言葉を窓に入れると、ニュース、ブログ、宣伝……、またたく間にずらりと並べてくれる。目的地までの道順は懇切丁寧に教えてくれるし、乗換駅から時間、料金まで教えてくれる。辞書で一発で目的の言葉を探し出してくれ、難しい漢字を大きく表示することも出来れば、後方一致なんていう荒業をいとも簡単に決めてくれる。

「《コメント》ってそもそもなんなのよ?」
 芸能界で事件が起こると、特に不祥事と呼ばれるたぐいのものが、どうしたわけだか和田ア●子にコメントを求める。最近ではあたり前のことを偉そうにしか言っているだけで、あまりのバカばかしさも手伝い紙の辞書の中で《コメント》という言葉を探してみると。
 小学校の辞書探しでは結構速かったのだけれど、最近はまったく駄目。
 途中、「がんかけ」、「けむくじゃら」、「こする」なんて言葉に魅せられてなかなか目的地にたどりつくことが出来ない。
 
 こんな余分なもの、アソビが楽しい。
 便利さとは別に寄り道を楽しんでいきたい。そこには思いもかけない楽しい旅がはじまる無限の可能性が潜んでいる。
 探すためではなく、出会うために旅に出る。迷うために。
 本棚には地図帳と辞書。

 ネットの世界とはまた別の彷徨い方。
 磁石すら持つことのない旅。
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by seikiny1 | 2009-08-28 07:08 | 思うこと
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