ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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「どうしてニューヨークへ?」
「アメリカかぶれだったんです」
 挨拶のように様々な人から投げかけられる質問、20数年続けている答。正直に答えている。アメリカのすべてに憧れ、想いこがれていた。鼻の奥の方がキーンと音を立てるようなトイレの消毒液の匂いにまで。

 「いつかは」と思っていたけれど、そんな僕にアメリカ行きを決心させたのは、雑誌の中の一文だった。もちろんその雑誌は絞りに絞った宝物群と一緒に父親から借りたスーツケースへ放り込まれ、海を渡ったわけだけれど他のすべての物と同様に今は手元にない。この先も還ってくるはずがない。それでもあの当時の物・者は全部頭の中で生きている。日本に残してきたすべてのもの、捨てたと言われてもしょうがない日本という国と共に、あの時と変わらぬ姿で。

『帰らない旅に出よう』

 人生の半分は、もうすぐ半分以上がこの言葉に翻弄されている。決して弄ばれているわけではなく、それをどこかで楽しんでいる。根が楽天家なわけだから、どんな状況にあっても絶望や落ち込みという言葉とは縁遠く、そこになにかの楽しみを見つけるというのは特技とさえ言える。
 そういったわけで、10文字にも足らない言葉にかどわかされた僕は今も旅の途中。さて、終着地はどこになるのだろう?

 数年前の一時期、「さて、こんなものでいいのだろうか?」と考え込んでしまったのもまた、ある言葉と出会った結果だった。どこで見かけたのか、どういう状況で発せられたのかは忘れてしまったけれど。

『帰りのない旅は彷徨(さまよい)に過ぎない』

 25年前のアンサー・ソングのような言葉はしばらくの間、頭に張り付いたままでいつも自問をしていた。きっと僕自身がどこかで自信を失いつつある時期と重なっていたのだろう。

 そんな言葉を今朝は久しぶりに思い出していた。
 「ネットを彷徨っていたらブログにたどり着いてメールしてみました……」
 舞い込むという言葉がピタリとあてはまるようなメール。古い、古い友達からだった。
 <彷徨う>という言葉にはどうしても短調のような寂しいイメージがつきまとっていたのだけれど、彷徨うからこそ出会える人がいる。見つけ出すものもある。今、僕の周りをあらためて見回してみるとそんなものがすべてと言っていい。彷徨ったからこそ手に入れた有形、無形の宝たち。そうして彷徨った末に僕を見つけてくれる人がいる。探し出してくれる人もいる。捨てることを怖れていたら決して辿り着くことのなかったであろう場所。
 
 これからもまた旅を続けていこう。
 何かを喪いながら。何かを手にするために。


 僕がこの国に携えてきたあとひとつの言葉。

"Pack up your dreams and GO."

《原宿ゴールドラッシュ》という本の一番最後に書かれていた。


 1通のメールを受け取り、旅ということを考える。
 8月26日は旧暦の七夕。
 それにしても、アメリカで七夕のことを考えるとは。しかも旧暦で……。
 七夕は秋の季語。そういえば今日は少しだけ涼しい。
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by seikiny1 | 2009-08-25 07:42 | 思うこと
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