ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
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お尻の思い出
「???」
 考え込んでしまった。
 休憩時間はまだまだ残っているけれど、欲望に打ち克つことはできなかった。
 ここ、密室の中で昨夜からの食事のことを思い出す。腰を下ろし緊張の去ったのと同時にヒリヒリ。肛門が。
「……」
 そうかピザだった。昨夜は暑くて、台所でガスをつける気にもなれず、シャワー、ビールのお決まりのコースの後、ピザ屋へと向かった。テイクアウトをするために。ガーリックオイルとクラッシュド・ペッパーをたっぷりとふった熱々のピザにはよく冷えたビールがよく似合い、あっという間に1枚は消えてしまう。そしてお尻は正直者だった。

 お尻が正直者になったのはいつからだろう?
 密室の中では他にやることもないので、変な考えが膨らみ続けていく。たしかにあの頃、僕のお尻は不正直者で、世の中に正直者のいることが信じられなかった。

「あいててててててて……」
 トイレから出てくる上司は半分笑いながら毎回大声で吼える。
「焼肉はうまいけど、翌朝は必ずこれやからかなわんなー」
 あの頃はまだまだ不正直ものだった僕は「また言ってるわ」と思いながらもニヤニヤと彼の背中を見送る。そんな彼に慣れてしまった頃、鉄板の向こうに見える彼の笑顔が既に翌朝のものとなるようになってきた。パターンを読まれるのも怖いが、慣れというのもまた怖い。
 いつから正直者になったのか、具体的には覚えていない。
 20年という歳月は不正直者の心を洗ってくれるのか。ただ単に年を重ねたがゆえに、あちこちにガタがきているのか。

 日本へ帰るたびに驚かされるのはウォシュレット。
 ほとんどの家庭にあると言っていいほどに普及をしている感がある。最近では、トイレに足を踏み入れただけで自動的にカバーの上がるものもあり、母が引っ越した先にもそのタイプが設置されていた。ヒンヤリとした静かな狭い空間でジンワリと口を開いていくさまが、どこか人がお辞儀をしている姿を思わせ、まだ慣れない頃は、ドアを開いたまま足を揃えてこちらもお辞儀をしそうになってしまう。「お、この機械も愛いやつじゃ」と思う頃にはアメリカへ持ち帰る焼酎なんかを買い揃える時期が来ていた。
 帰国してみると立場一転。用が済んでもしばらくの間は何もせず、じっと壁のタイルを見つめる始末。数秒後、やっと自分がアメリカのバスルームに座っているという事実に気づき、ペーパーに手を伸ばすといった按配。
 帰ってきてから半年以上が経つが、今でも毎日母のことを思い出している。右手で壁に取り付けられたトイレットペーパーを引き出しながら。やっぱりお尻は覚えているのだ。

「アフリカの山奥で車を売るようなもんだよ」
 知り合いでウォシュレットの販売代理店をやっている人がいる。日本とは対照的に殆どと言っていいほどに普及していないアメリカ。彼の話によると、日本から引っ越してきた子供たちの中にはウォシュレットの無い文化の存在することが信じられない者が結構いるらしい。そんなこの国の現状を、友人は上の一言で表現した。
「それでもね、お年寄りとか障害を持つ人の家へ行くと、ほんとに喜んでくれるんだ。ほんの数センチの差で動ける、動けないが決まってしまうからね。こんなに大変で、儲からない仕事をそういう人たちがいるからかな……」

 一枚のピザはもう4年も会っていない男の顔を思い出させてくれた。

 手を洗い、ドアを押しながら口ずさんでいたのはなぜか伊藤ゆかりの「小指の思い出」。
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by seikiny1 | 2009-08-23 23:49 | 日ごろのこと
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