ニューヨーク、街と人、そして……
by seikiny1
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30
お願い
当サイト・メインコンテンツ内にある全ての著作権は筆者に帰属いたします。無断転載及び流用は固くお断りいたします(トラックバックに関しましてはこの限りではありません)。
以前の記事
カテゴリ
どろだらけの海
 18、9の頃に何を考えていたかというと勉強のことでも、将来のことでもなかった。
 何も考えていなかったというのが一番正確だろう。

 屋外スケッチへ行けば、クラス中、誰の画用紙をのぞいてもどこかに煙突が描きこまれている。赤白に塗り分けられた太くて高い煙突が。
♪……とどろくエンジン 煙の虹なびく平和のふるさとに 力の文化打ち立てん……♪
 こんな歌詞を持つ小学校の行進曲を大きな声を張りあげてで唄う。
 繁華街を二分する川は「七色の川」の異名を持ち、小石を投げ込むとバスクリン色のしぶきが上がる。
 次々に人の手で作られていく陸地は、堤防から海をどんどんと遠さけ、沖に浮かぶ二つの人工島には巨大なドブネズミが生息すると大人たちは言う。
 たぶん、真黒な煙を吐き出すC11型蒸気機関車から力強さを感じた最後の世代だろう。

 生まれ育ったのは公害の町。
 それは後付けの知識で、小さい頃はどこの町にもある風景だと思っていたし、大きな煙突は僕らの中で矜りに近いような存在だった。
 僕にとって原点の海はどろだらけの海であり、そんな海が大好きだった。
 堤防の鉄条網を潜り抜け戦争ごっこをした海。ヘドロ混じりの底なし沼のような潟に身体を引き込まれ死にそこなった海。
 映画ブレードランナーを観て「あっ、工場街を突っ切る時に見える夜景にそっくりだ」などとを思い、今でも郊外でモクモクと煙を吐き出す煙突を目にすると身体中に力がみなぎってくる。
 
 どろだらけの海が好きなのは、まだまだましな時期にあの町を出てしまったからかもしれない。
 あの町に残り、町を愛し、支えている人達にはまた別の感情があることだろう。某財閥系企業の城下町と呼ばれ、頼り、共に成長をし、妥協をし、そして捨てられた上に様々な負の遺産を押し付けられたのだから。

 今、僕が故郷に残っていたとしたら、いったいどんな詩を書くだろう。
 激しい詩か?侘しい詩か?悲しい詩か?諦観まじりか……

 18、9の頃に「詩を書こう」と思った記憶はない。
 もし、よその町で美しい海を目にした後に詩心が湧いていたとしても「あの海はきれいだった」、そんなことしか書けなかっただろう。自分の住む町、属する何かを否定する勇気なんて持ち合わせていなかったから。
 あの歳でこんな詩を書いてしまう清志郎さんは、僕と比べるのも甚だ失礼だけれど、深い人だなー。

 数年前、故郷を訪れた。
 一段と遠くなった海と、魚の姿を見ることのできる川を持つ町は静かな寝息をたてていた。 
[PR]
by seikiny1 | 2009-05-20 08:28 | RCサクセション
<< あこがれの北朝鮮 僕の好きな先生 >>
記事ランキング 画像一覧